右脳的左脳

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 右手と鏡写しの対象にして手の形と指を同じ位置にしてそこに箸を握らせる。見た目は同じだ。

 サウスポー。何だか格好いい。いけそうである。

 昼飯を左手で食べた。

 ゴボウ天そばである。

 手始めにそばを挟もうとしたのだがうまく力がはいらず一向つかめない。とりあえず持ち上げてみようと引っ掛けてみるがずるずるとつゆのなかに戻ってしまう。いきなりそばはやりすぎだ、物には順序ってものがあると、刻みねぎに挑んでみるが箸先がうまくカチ合わず虚しくつゆをかき混ぜるだけである。そればかりに集中するといよいよ全体のバランスが崩れて、なんとかリカバーしようと変なところに力が入り、親指の付け根の辺りをつってものすごく痛い。思った以上に難儀である。

 これはもうなんか中学生が好きな女の子と初めてデートすることになり、うまくやろうと張り切り過ぎたあまり、色んなところに力が入りものすごく不自然な立ち居振る舞いをしてしまってそれをなんとか挽回しようとしてさらにストレンジな状況になって起死回生男らしくぎゅっと手を握ってみたら、痛い、離して、なんていわれてしまう。そんな感じである。

 ただ僕は30を軽く超えた大人である。なんとかそばをホールドして持ち上げ口まで運ぶ。だが今度はなんだか口の開け方までぎこちなくなって、変にすぼめてしまったりパクパクし覚束ない。ほとんど金魚か北の国からの黒板五郎のようである。その上、突然暇を宣告され、やることのなくなった右手はいつのまにか中空で人差し指と中指と親指を突っ立てて固まっている。周りの人はきっと、こいつはなんでそばを食いながら田中邦衛のモノマネを披露し、さらにはフレミングの法則までやっているんだろうか、と不思議でならなかっただろう。

 ようよう食べ終わってみたものの箸使いに集中しすぎて、全神経がそっちに持って行かれ、まったく食べた気がしない。残ったのは力尽きてふるふる痙攣する左手と虚しく空になったどんぶりだけであった。

 メジャーに行って活躍するダルビッシュ投手なんかは、本来は右投げだが肉体や筋肉のバランスをとるため左でキャッチボールをする。フォームもとてもきれいだ。その上本気で投げれば130キロくらいは出るらしい。こういうのはやっぱり持って生まれた才能なんだろうか。利き腕で投げてもまっすぐいかない僕などは左投げなどしたらきっと新ジャンルの悪魔っぽいダンスのようになってしまうのは間違いない。

 

 「酔っ払って腕を振り回して仏像にぶつけて右手怪我したんですか?」

 とものすごく具体的に心配してくれる人もあるだろうから、最後に僕がサウスポーにしたきっかけを述べておく。

 先日、脳のテストをしたら「右脳100%」という結果が出た。果汁100%みたいだ。

 人間の脳ミソには右脳と左脳という右利き、左利きのようないわば利き脳があり、前者は感情や感性、イメージを得意とし、後者は理論や計算、言語を得意とした論理的思考をするという。僕は「右脳100%」ということだから、論理思考ゼロの直感一徹人間ということになる。

 周りからはイメージや直感の人だと言われてきたが、僕自身としては論理の人だと思っている。

 単なる遊びなのだから捨て置いてもいいのだが、それにしてもなんだかバカにされている気がするし、右脳ばっかりが働いて左脳はだらだらしているのだから不公平である。左脳の怠慢が甚だしい。なんだか悔しいから、積極的に左脳を働かせてやろうと思い立ったのである。かといって殊更何かをするのは面倒くさい(これは心全部のコンセンサスとしての怠慢だからいいのだ)。なので普段の生活の中で、気のつく範囲で利き手とは逆の手を使ってみることを考えたのである。

 大脳は右半分と左半分に分かれていてそれぞれ体の反対側の動作を支配している。つまり右手と左手はそのままクロスする格好で左脳と右脳に直結しているから、右利きの僕はサウスポーとなることで右脳に休暇を与え左脳にその分の労働を課すことになるわけである。

 箸を使っての食事、珈琲のドリップ、洗い物をする時のスポンジ、ハミガキ、リップを塗る、ガムの包装紙を剥がす、携帯やリモコンにマウスの操作、思いつくものをあげればこんなところだ。文字を書くのも左にしてみたいが、ちょっと時間が掛かるし強烈に乱れるのでそれらを眺めていると「言葉・記号とは何か」みたいな問いが生まれて遅々として物事が進まず、果てしなく脱線してしまうことになりそうなので今回は止めることにした。

 とにかくそんな理由で僕はゴボウ天そばを左手で食べたのである。

 珈琲ドリップも結構繊細な動きを要求される。ゆっくりと少しづつ円を描くように注がなくてはならないのだが、もちろんどばっとなる。それからハミガキや食器洗いなんかの考えながら系は、終わる頃にはいつの間にか右手に持ち替えていたりするのだ。マウス操作は多少おぼつかない足取りにはなるけど支障はない。ただ一旦手を離してしばらくすると視界の隅にあるのにキーボードの右スペースを手が彷徨っていたりする。

 

 まだ始めたばかりだから僕の思考に何の変化もみられないが、そのうち効果があらわれて頭脳明晰な論理型エッセイをお披露目できる日が来るのもそう遠くないだろう。それから、焼き魚をサウスポーでさりげなくかつ華麗に食し、女の子にキャーキャーいわれてみたい。どちらかといえばこっちの方が本命である。

 

2015.9.29記