傘がない

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 なんとはなし付けっ放しにしていたテレビでは、芸能人が地方に赴き、とりあえず市中をぶらぶらし、いやー下町、城下町って感じでいいですね、江戸つーか、時代を感じるっていうか、やっぱり日本は瓦屋根じゃないとダメだよね本来、などと街並みについて感想を述べてみたり、おもむるに目に付いた飯屋の魚と筆書されたような暖簾を潜り席についたのち、店内ぐるり見回し検分、とりあえず壁にぶら下げてある天狗の面を発見、店主に、鼻長いっすね〜、紅いし、つーかリアルだわー、これ、雰囲気あるな〜、本物って感じで、つーか本物の天狗ってどゆこと、などと感嘆し、ついで、すごいものなんですか? などと由来を尋ねてみたりしつつ本題に移行、何が美味いんですか? とか、何年くらいやってるんですか、みたいな事をトントン問うてみた果て、其々所望の料理を注文し食す、みたいな番組がやっていて、その店は海鮮を主としたどんぶりが得意、運ばれてきたそれはいくらやマグロ、雲丹、貝類などの種々様々のぴちぴち、海の幸、恵みがどんどんに載った海鮮丼であり、また加賀、金沢というお国柄、お好み焼きの青海苔の如く金粉が煌めき塗してあったりもし、それらを一口くちにするや驚嘆の声を発したり、おほおほ言うてみたりしつつ、美味さをリポートしていて、非常に羨ましかった。

 で俺も、飯でも食べようか、と思ったが先程から雨が降ってあり、家から出て行けぬ、のは傘が置いてないからで、仕様がない、が、腹は減っている、じゃ自分で拵えたらいいんじゃない、と考える人があるが、冷蔵庫のメイン棚には酒屋が試供品としてくれた菊正宗の180mlパック、野球帽を斜に被った少年の顔面のイラストが描いてある胡瓜の漬物パックが、15cmほどの距離を置いてぽつねんとそれぞれが佇んでいるばかり、その他はなく、扉裏の飲料、調味類を収納する棚には濃縮そばつゆ、チューブ生姜のみ、家中に米はない。それじゃ出前でも頼んだらどうか、と言う人がいる、今日は火曜日であるので、近所にある唯一の蕎麦屋は休暇していて、店員などはそれぞれ家族と団欒したり、パチンコに行ってみたり、二日酔で悶絶していたりしているはずで、蕎麦を茹でる事不可能である。

 がしかし、ピッザがあるではないかという事を思い出した俺は早速ボンジョルノ、新聞に挟まっていたメニューチラシを引っ張り出して眺めたのち、ここはやはり例によってシーフードのガンガンに載せてあるMサイズを注文することに決め携帯電話を片手、サイフを握りしめて絶望した。というのは昨晩の騒乱的酒宴によって失財、サイフには数枚の十円玉と何故かは知れぬ大量の一円玉が嵩んで膨らんでいるばかりであったからである。

 台風が近づいていた。

 俺は菊正宗180mlパックを呑みながら、トタン屋根を打ち付ける、ひどくなるばかりの雨音を聞き続けた。テレビではさきの芸能人が今度は土産物屋に乗り込み、かぶら寿し、購入していた。傘がない。