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フォーマルに立ち喰うそば

ESSAY

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僕は蕎麦が好きである。昼飯のほとんどが蕎麦である。そして立ち食い蕎麦が好きなのである。

 脳みそから小指の爪に至るまで人間の体は食べたもので出来ているのだから、僕の半分は蕎麦でつくられていることになる。半分が優しさで出来ているバファリンみたいだ。だから僕の考えることの半分は蕎麦から生まれるといってもいい。そんな風に考えてみると、いやはや人間というのは案外いい加減にできているな、などと思ってしまう。こんなことを思う心もまた半分は蕎麦製なのだ。

 

 家の近所の幹線道路沿いに立ち食い蕎麦屋がある。チェーン店ではなく、個人経営のそれである。扉などのない、暖簾の掛かっただけの正統派の店構えで、カウンターの見えるいわゆるオープンな状態である。オープンカフェスタイルである。実際は古い一軒家の一面をブチ抜きしているだけだ。今時期だと暑さしのぎに葦のすだれなどがかかっていて、風流とさえ言える。幹線道路とお店との間には緩衝地帯というような隙間があり、ちょうど中洲のようになった場所に植え込みがあったりもし、そこへベンチなどが出してあり、草木を眺めながら食べることも可能だ。足元にはちっちゃいのから大きいのまでいく種類かの鳥がとことこ歩き回っている。小さいのはすずめ、大きいのは鳩である。時々蕎麦の切れっ端などを放ってやると、嬉しそうについばんでいる。

 値段は極めて良心的で、かけで270円、てんぷら各種が大体80円、生たまご50円。大盛りは50円増し。蕎麦の上にかきあげを乗っけて、たまごを放り込んでも400円で済む。いまでこそこんな贅沢な具合で食べているが、学生の頃にはできない食べ方だった。

 学生というのはとにかくお金がない。金のある学生など学生ではない。当然“かけ”しか頼めない。ただ、東京では滅多に見かけないが大阪の蕎麦屋などは必ずといっていいほどテーブル台の上に七味唐辛子や割り箸とならんで天かすが置いてあり、いくら入れても(常識の範囲で)いいのである。

 天かすの置いてない店にはいかない。少し歩いてでも他の店にいく。腹を空かした学生にはそれぐらい重要なのである。僕らは数人で蕎麦屋に押しかけ、揃ってそばかうどんのかけを注文すると、店主のおやじの視線を気にしながらも奪い合うようにして天かすを山盛り蕎麦の上にふりかけるのであった。太っ腹な店ではさらに刻みネギもおいてある。そんな店だと天かすとネギの中にそばが埋まってしまい、主役が脇役になったような状態が出来上がるのである。店主のおやじも決していい顔はしなかったが、特に注意することもせず僕らのするがまま、天かす山盛り食べさせてくれた。学生の懐事情と腹の虫をよくよくわかってくれているのである。ありがたいことである。

 最近でも天かすがテーブルの上においてあったりなんかすると懐かしさがこみ上げ、なんだか無性に嬉しくなってドバッとやって「すごい食べ方ですね」と呆れられてしまう。

 

 さて、てんぷら定食なんかではさくっと揚がったところをさくさく食べるのが当然美味しいが、あったかいてんぷら蕎麦となると具合が違ってくる。これはもうまったくの逆なのである。とにかくまず蕎麦の上にのっかっているそれをつゆに目一杯沈み込ませるのである。その上でまだ手をつけず、まず蕎麦の方から啜る。合間に刻みネギなどをしゃりしゃりしてみたりもする。しばらくするとつゆにてんぷらの油が染み出してきて頃合いになったところで初めててんぷらに手をつけるのである。膨らんだ衣はもろもろとお麩のようになっており、これでもか、というくらいにおつゆを吸うていてめちゃくちゃにジューシーになっていてうまい。これを蕎麦と一緒に啜りあげるのである。これが最も正当でうまい食べ方であると僕は思っている。

 しかしこれは立ち食い蕎麦というある種の解放区ならではの食べ方で、普通の蕎麦屋でやるにはちょっと勇気がいる。一流ホテルの最上階のバーカウンターで、ウーロンハイ濃いめをジョッキで注文するくらい根性がいる。世辞にも綺麗な食べ方とはいえないだけに、女の子などはなおやりづらいかもしれない。だが見てみたいものだ。もしも身綺麗な女の子がてんぷらをずぶずぶにして食べていたら、そのギャップで僕はきっと一発でメロメロになってしまうだろう。店のおやじに「あちらのお客様から」などと言わせたりして、てんぷらをもう一枚ご馳走してしまうかもしれない。

 

 名エッセイストの東海林さだおさんは、このもろもろてんぷら蕎麦を始め、食べ方、立ち居振る舞い、服装に至るまで、例えばジャンパーの類が似合うとか、片方の手はポケットに入れる方が小粋だとか、背中に哀愁が漂うようになれば一人前だとか、絵の解説付きの「立ち食いそばの正しい食べ方」を書いておられる。僕はその全てにいちいち納得してしまい、よし今度は靴底でも見せてみるかなどと考えているのである。

 日本食は世界的大ブームとなり、海外からの観光客も増えた。寿司や懐石にとどまらず、近頃ではラーメンやそば、牛丼などの大衆飯にも注目が集まっている。牛丼を食べていたら両隣に外国人などということももはや珍しくない。「立ち食いそばの正しい食べ方」なんて本を目にしたら、外国の人たちはどうおもうのだろうか。やはり一緒になってその大きな背中に哀愁を漂わせ、片手をポケットに突っ込み、靴底をみせながら、もろもろの天ぷら蕎麦をすするのだろうか。立ち食い蕎麦素人の日本人がみたらギョっとするかもしれない、などとその様子を思い浮かべるとなお愉しい。

 翻って僕は正しいハンバーガーの食べ方やホットドッグのそれがあるのかどうか、ニューヨーカーなどに聞いてみたいものである。なんとなれば僕は必死に習得して、いつかニューヨークの街中でやってみたい。それはきっとモテモテでギョっとさせるはずだ。