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禅銭湯

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 「ひとっ風呂浴びるか」

 なんて江戸っ子口調で誰かがいう。早くから呑み出すと大抵ははしご酒の中途で銭湯に行く。

 ホロ酔いで浸かる銭湯。これがまた実に気持ちいいものなのである。ざっとシャワーを浴びて湯舟にドボン。

 アルコールで程よく緩んだ身体をあつあつの湯にゆらゆら漂わせる。色白で弛緩しきった僕などはゆでワンタンのようである。

 他に人がおらなければ、酔いに任せて尻だけ浮かべてひょっこりひょうたん島をやってみたり、少し泳いでみたりもする。ふと目をやると酔いの回った友人は半ば溺れかけたりしている。

 「大丈夫か?」と声をかけると「だいじょぶだ〜」と志村けんのように答えるがしばらくするとまた沈んでいる。

 ひたすらシャワーを浴び続けているやつもいれば、いきなりサウナに乗り込んでいくやつもいて、それぞれ好きなやりかたがあるようだ。

 僕は湯に浸かるのが好きだが、長くはいられない。すぐにのぼせてしまって、ぐったりなってしまう。もうダメだ、とすぐに飛び出てしまうのに僕が入ったときにはすでに湯船にいたご老人は別段我慢をしている様子でもなく、いまだ浸かり続けている。

 時々、顔を拭ったりしなければ、死んでしまっているのではないかと疑うことすらある。

 心頭滅却すれば火もまた涼し、の境地かシンプルにボディが熱さをあまり感知しなくなったものか。人体の不思議である。

 禿頭にタオルを載せて穏やかな表情で目を閉じたその姿は、立ち上る湯気に霞んでその場に馴染んでいる置物か、にじんだ水墨画のなかで静かに瞑想に没している禅僧のようである。年を取ったら僕もあんな風に悠然と湯に浸かり続けることができるようになるだろうか。

 それにしても銭湯の湯は熱い。感覚としてはもうパスタが茹で上がるんじゃないかと思えるくらい熱い。熱い方とぬるい方があるが、ぬるい方でもあつあつだ。僕の周りで、ちょうどいいぜ、なんて余裕をかますやつはいない。見回してみれば若者は少数派、中年層が大体3割くらいで残るはご老人である。となれば理由は簡単で、温度設定の権利を握っているのはおじいちゃん、そのボディの程よい感覚がスタンダードということになる。

 僕などがちょうど良いと感じる温度にすると、おじいちゃん達には物足りない。きっと猛抗議するのに違いない。あるいは無言のうちに熱い湯を求めて忽ち他所へ移っていってしまうのだ。現在の銭湯のメイン客層はおじいちゃんなのである。

 いや、もしかしたら長々と浸かって湯船が人でぎゅうぎゅう詰めになるのを防ぎ、回転率をあげるための戦略かもしれない。確かにあれが7割の人にジャストフィットする温度であれば、風呂好きの連中などはこぞってぷかぷかと長居して、その内の何人かはふやふやにふやけてソフト麺のおうどん様になって番頭に救出されるなんてこともあるかもしれない。 

 イヤよイヤよも好きのうち、なんだかんだいっても熱いところを我慢して浸かり、今日の湯も熱いぜ、と呟いてみるのが銭湯だ。ぬるいよりあつあつの方がやっぱりいい。長浸かりが出来ないからといって他人より短いのはどうも損をした気のする僕は、出たり入ったりを繰り返して人並みの入浴時間を稼ぐ貧乏性スタイルなのである。まだまだご老人の禅浸かりには程遠い。

 

 小さい頃は、バタ足で泳いで盛大に飛沫をスプラッシュしてみたり、湯舟にジャバジャバ水を入れてお爺さんに怒られたりした。

 その他、湯に入る前にかけ湯をするだとか、タオルを浸けないだとかを見知らぬ大人にその都度教わった。そのようにして公衆ルールを憶え一人前の銭湯浸かりになったのである。

 自分の家でのんびり浸かる風呂もいいが、大浴場で手足を伸ばして揺蕩うのは気分がいいし、天井の高い洗い場に心地よく反響するケロリン桶の音や水の流れる音、湯煙る中で微動だにせず佇む悟りを開いたようなご老人を眺めたり、暴君の如くはしゃいで泳ぎ回って親爺に小突かれたり、なお走り回って滑ってずっこけたりするキッズに少年の自分を見るのも楽しい。

 

 大阪で友人と連れ立って銭湯へ行ったのだが、運悪く定休日だった。

 近くにいた2人組のおっちゃんに、ここの他にありませんか? と尋ねる。

 おっちゃんA「この辺やとあそこやな」

 おっちゃんB「〇〇湯」

 おっちゃんA 「そや、〇〇湯や。あそこが近いわ」

 おっちゃんB 「あ、でもあそこはアレや、ホモばっかりや」

 おっちゃんA 「そうやった、あかんわ、ホモしかおれへんことで有名や」

 おっちゃんB 「石ほったらホモに当たるわ」

 おっちゃんA 「わしらかてよういかん」

 おっちゃんAとB 「にいちゃん達かて掘られたらかなわんやろ」

 当たり前である。二人ともそっちの趣味はない。

 僕らは一応お礼を行って、肛門にキュっと力を入れ、すごく遠いけど安全な銭湯まで行ったのだった。