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車上の人

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 夕方、四国へ向かう為、新幹線に乗り込んだ。品川駅の階段を登った途端、豪雨がゲリラして来、危機一髪、思っていたよりも混雑はなく、空いていた三列並びの窓際の席に落ち着いた。隣はすでに寛いで座っていた、東京での営業を終え、まずまずの結果、という風情、会社員課長風の中年男性であった。

 さて、新横浜を幾らか過ぎた辺りで、隣の席では、予め購入してあったのだろう幕の内弁当をテーブルの上、封を開け、缶ビール片手に食事を始めた。まずまずの結果、という風情の通り、快活に食事は進んだ。

 が、その後、俺は二段階で驚愕する事になる。というのはこの会社員課長風の男が、食事を終え、アルコール追加、酎ハイを楽しむべく、おつまみ、小分けにされフィルムで包んであるチーズが仰山入った袋を開けると同時に逆さにし、一つ残らずテーブルの上に撒き散らすと、スマートフォンをシャラシャラ弄りながら、かつ器用に酎ハイとチーズを交互に食べ始めたからで、仮に俺がトイレや電話などで席を立つ場合、課長風はそのテーブルにぶちまけてある数十にも及ぶ小分けチーズを全て袋に戻すという作業をする事になり、当然、俺は立ったままそれを待たねばならず、おっさんがチーズをひとつずつ摘まみ上げ袋にリリースするの図、を強制的に見物させられる、みたいな感じになるのははっきり言って疑いの余地がなく、で実際、俺は小用を我慢していた、というのも幕の内弁当を食べ終えるまでは、待つのが礼儀と考えていたからで、しかしそれも限界、チーズまでは待てぬ、半ば挑戦的にいよいよ席を立った、と課長風はそれを素早く察知、片手で全てのチーズを一発で握り締め袋に戻すという離れ業で、俺の浅はかな懸念、愚念をスマートに蹴散らし道を開けてくれた。
 何か物凄いものを見たような、何だか俺の心中は鳩が豆鉄砲、のようになった。
 しかし、その後、課長風は袋に戻したチーズを再リリースせず、一つずつ取り出して食べていた。

 

 帰りの新幹線でもまた、一悶着あったので書いておくと、岡山から大阪への車内で2人掛けシートの窓際に座っていたら、新神戸駅で隣に乗車してきたのは、白のTシャツに白のハーフパンツ、白の革靴、首からは金色のチェーンがぶら下がってあり、その上に乗っかってある頭、髪はジェルでオールバックに固着されまたも金色に輝いている、という基本的にシャイニングしている出で立ちの若者だった。で、この若者は、席に着くなり、股を原付に乗った地方のヤンチャな高校生の如く開脚、こちらの陣地まで占領してき、かつ中央に設置されている肘掛まで制圧、覇王のように振る舞った。

 俺ははっきり言ってこの領土問題を放置するのは良くないと思った。というのは何故かというと、ここでこのシャイニングの暴挙をスルーした場合、彼は別の列車でも同じように振る舞う事必定、という事は例えば、都市部に暮らす娘の子供、孫である鱈吉に逢いに行く為、年々痛む足を引きずりながらの道中にある、白髪のお婆さんであっても、お構い無し、ガンガン覇王する可能性が大であり、足をゆっくりさする事が出来ない、かつ怖くてトイレにも行けず、結果、脚の痛みは悪化し、更には膀胱炎になり、途中で引き返さざるえず、孫に逢えない、哀しい、崎陽軒のシウマイ食べたい、みたいな事が起こる可能性があり、となると社会の一員である僕にもその責任の一端はあり、ここで、そんな事ではあかぬ、という事を経験で伝えるべく領土を奪還することにし、思案、で、先ずは下かな、と思った。

 肘掛の領土は基本的に共有部分であり、シャイニングにも半分の権利はあるので、今すぐこれを取り戻そうとした場合、互いの権利主張がぶつかり、徹底抗戦は避けられず、普通に殴られる可能性があるのでいや。という事で、下。が、こちら側に入り込んだ膝を強引に膝で押し返す、みたいな事をすると、やはり普通に殴られる可能性があるので思い付いたのが、足元に置いてある荷を開く動作、雰囲気を発する事により、いかなシャイニングであっても、一時的に撤退するんではないか。

で実際に俺は背を屈め、荷を開こうかな、みたいなモーションをゆっくり時間を掛け起こし、撤退猶予を充分に与えたが、膝はピクリともせぬので、ちらっと様子を伺うとスマートフォンに夢中であった。

 まぁ集中してたら気付かない事もあるよね、と思ったのでやっぱりここはサウンドが有効と考え、ちょっとカメラでも出そうかな、と独り言には幾らか大袈裟に呟いた。が状況は固着したまま、微動だにせん、ので、ちらっと見るとイヤーホンしてた。

 俺はもうどうでもよくなった、荷をシュッと開くと同時に膝を開き、シャイニングのニーを無理やり押しのけ、カメラを取り出すと、返す刀で、肘掛を腕を滑らすようにして奪還した後、窓の外に広がる田園風景を立て続けに撮影した。

 V字に開かれた俺とシャイニングの脚は繋がってWを描いた。それは大阪で僕が降りるまで描かれ続けた。

 到着が近いですよ~という事を伝える軽いミュージックが流れた。俺は下車する為立ち上がり、シャイニングに対し、降りるんで、というややつっけんどんな感じの会釈をした。と、彼は意外にも笑顔で会釈して返した。裏も屈託もなさそうで、激烈に細く剃られた眉下にある眼はひどく優しそうだった。

 悪い奴じゃなさそうだった。

 俺はいまどんなツラをしているのだろうか。