モッキングバードは何処に

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久しぶりに怪我をした。病院にはまだ行っていない。

 理由は単純で二日酔いを抱えてあんな怖いところに行く勇気がないからだ。そもそも僕は病院が苦手だ(得意という人はいないか)。あの待たされる時間も消毒液の匂いも、病人達の表情もリノリウムの床も、最初に繰り出される「今日はどうされました?」というあの質問も、それに悪さをしたわけでもないのにしどろもどろに答える自分も、「少し我慢してくださいね」と言って痛いところにさらにちょっと痛いことをして(傷口に薬を塗り込むとか、注射とか)治療してくれるお医者さんの先生もだ。唯一の救いは看護婦さんくらいのものだ。白い制服に身を包み、優しく声を掛けてくれる彼女達がいなければ病院などきっと誰も近寄らないはずだ。

 だから僕はほとんどの場合においては自己処置してというか、大丈夫だと無理に自分を騙すというか、頑張ってほったらかしにして病院にいかない。

 今朝のことだ。目を覚ましてみるとどうもおかしい。おかしいというか足がすごく痛い、ベッドから下ろすのさえつらい。それでもなんとか立ち上がろうとする姿などはきっと生まれたての子鹿のそれだ。なんとなれば大人の僕にしてちょっと泣きたいくらい痛いのである。

 

 昨晩はよく吞んだ。最後のバーを出たところまでは覚えているが、いつものことながらその後がさっぱりわからない。家へと向かう帰り道、派手に転んだことだけは朧に覚えている。ただそれでも手のひらを擦りむいて痛いな、くらいのものだったはずなのだが。

 さて寝ぼけ半分記憶を辿りつつ、そろそろと立ち上がり、パジャマをズリ下げ足を出し恐る恐る鏡に映してみる。ナイフが突き刺さっているとか、拳銃で撃たれて血まみれになっているとかのハードボイルド、スプラッターな感じではないので少し安心した。綺麗なものである。

 ほっとしたのもつかの間、もう少し注意深く調べてみると、パンツから伸びた右足の太ももから膝にかけてが左足より明らかに膨らんでみえ、ゴボウとダイコンが並んでいるようで不均衡この上ないのだ。ゴボウの方にはうっすらと青アザがうかんでいる。そこを少し押してみると打身とわかる微かな痛みがある。馴染みのと言っていい痛みだ。

 さて問題はダイコンである。手で触れてみるとカチカチに強張っていて腫れ上がっている、という感じで一切曲げることができない。痛みの方向でいえば筋肉痛と打撲の合わさったものといったところだ。経験がないからわからないけど、スクワットを1万回くらいやらされた上にムエタイ選手にガンガン蹴られたらこんな風になるのかもしれない。とにかく、張りと痛みが相当なものである。

 歩けないということはないが、引きずってギリギリといったところで、呑み過ぎた翌日の昼に決まって食べる近所の立ち食い蕎麦屋までいくのも難儀する程だ。ただ幸いにもどうやら骨からくる痛みではなさそうで、転んだ瞬間になんとか踏ん張ろうと変な力がかかったのか、捻りでもしたのか、おそらく筋肉が少しだけどうにかなっているだけなのだろうと思う。数日過ぎればきっとよくなるだろう。

 しかしわれながらこんな足をしてよく帰ってこられたものだ、と妙に感心してしまった。
 きっとアルコールで麻痺していたおかげだな、とも思う。

 

 その日、安保法案の強行採決が行われた。NHK国会中継はテレビ欄から抜け落ちていた。
 渋谷、国会前、それから各地で連日デモが行われていた。女性や若者が主導する新しいタイプのそれもあった。

 とても暑い日だった。
 僕はデモに参加することもなく、いつもの街を一回り撮影すると、昼過ぎからビールをのんでいた。

 台風が日本列島に迫っていたー。
 そんな日の晩、僕はすっ転んで怪我をしたのだった。
 最近こんなことばかりだ。
 ほとんど祈りのようにブコウスキーの言葉が思い出される。

 

 “Mockingbird, Wish Me Luck” / Charles Bukowski

 

 色んなことが断片的にまた波及的に起こる。おそらくすべてはほんの少しづつ関わりあっている。

 僕が最後にいたバーはナインという名前の店だった。

 

 “モノマネ鳥よ、おれの幸運を願え”。

 

2015.7.18記