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カメラと街と

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 僕が使っているカメラはオンボロだ。それは機械的にというのではなく、みてくれがということである。僕の使っているLeica M2というカメラは、中古カメラ屋で3万円くらいで買ってきたものである。50年くらい前に製造されたもの(かなり大雑把にいってしまえば機械式カメラの構造というのはもうその頃にほとんどすべて完成された)で、自分でチェックをしてはみたものの値段が値段だったので、そのままオーバーホールに出す事にして、ついでに再塗装もしてもらった。戻ってきたときは少し恥ずかしいくらいにピカピカであった。

 僕はあまり気をつかうほうではないので、ガンガン使いまわしていく。もちろんぞんざいに扱うということではない。ただことさらケースを使用したり、ということがないだけである。

 そんなことから1年も経った頃には綺麗だったボディは陽に灼かれ、衣服と擦れ、街と喧騒とにまみれして傷つきもし、やがて少しづつ塗装が剥がれ落ちていき、所々金属地が剥き出しになっていた。さながらそれは色落ちし、膝小僧のところが破れて穴の空いたボロボロのジーンズ、あるいは大事に弾かれながらもピックやカッティングで傷のついたオールドギターといったところだ。

 

 もう5、6年程前になるだろうか。

 さて僕はストリートカメラマンである。そこいらを歩き回って撮影する。渋谷など繁華街を撮影していると、ギャルやロッカー、ホステス風の女の子に営業マン、まったく何を職業としているのかさっぱり見当もつかないひと、ヒップホッパーもいるし、サンドイッチマンや呼び込み、とんでもなく派手な色の服をきた不思議な女の子グループなど、およそ様々な人と行き交う。当然、極道の方やチンピラ(に見える)の人もいる、ことさら彼らをクロースアップすることはなくても、そっちにたまたま気になった風景があればカメラを向けることもある。

 それは百件軒でのことであった。

 ひとりの男がストリップ劇場の端でストライプのよれよれのスーツを着て路上に正座していた。尋常ではないのはすぐにわかった。いつものように僕は35mmレンズをつけていた。前を向けばそれはおよそ大体の風景がフレームに入った。

 しばらくその付近を撮影して歩いていると、後ろから声が掛かった。

 「よぉあんちゃん、さっき俺のこと撮ったろ。勝手にそんなことしちゃまずいよな、えぇ、どうなんだよコラ」

 僕は仕方なく立ち止まり、「撮ってないよ」と答えたが「俺はちゃんとみてんだよ」と詰め寄ってくる。すると今度はいきなりガラガラっとモルタルアパートの二階の窓が開き、

「うるせーぞ」

大きなサングラスをかけた如何にも、という風の男がぶら下がる洗濯物を掻き分け声を浴びせてきた。それから僕とおっちゃんを一瞥すると、

「なにやってんだよ、◯◯ちゃん。うるせーな、朝からシャブでもやってんのか、カタギに絡んじゃだめだよ」

「シャブはカンケーねー。このあんちゃんが勝手に俺のこと撮ったからよ」

「よくわかんねーけどいい加減にしとけよ、ったくうるせーな」

と僕をよそにそんなつっけんどんにそら恐ろしい会話を繰り広げ、窓はぴしゃりと閉まった。

「どうなのよ、それで撮ったんだな」

上を見上げていたおっちゃんは僕のカメラに視線を落とした。僕は最悪フィルムを抜かれて小突かれるくらいは覚悟した。ダッシュするか、と一瞬考えた次の瞬間にはおっちゃんが言葉を繋いでいた。

「いいカメラだなそれ、わかんねーけどさ、そういうカメラ使ってるやつに悪いやつはいねーや、すまなかったな」と言い、続けて「雑誌記者とかなんかさ、そういうんじゃねーんだよな」

そう言って愛嬌たっぷりの眼差しで僕の顔を覗き込むようにし、

アラーキーとかそんな感じのあれだろ、俺結構好きなんだよああいうの、頑張れよあんちゃん」と続けざまに少し照れくさそうに言うと、手を挙げそのままふらりふらりとゆっくりホテル街の路地に向かって歩いていった。

 渋谷の風景はとてつもなく速い。いまではそのアパートもなくなり、コインパーキングに変わってしまった(それもまた最近更地になりホテルが建つようだ、関係ないけど僕はついこの間その辺りでたぬきを見た)。

 おっちゃんをそれから見かけることは二度となかった。きっと今もどこかで若きカメラマンに緊張と緩和を与えているにちがいない。

 

 芸は身を助ける、と云うが、なんとなればカメラは身を助ける、そんなことがあるのである。もちろんほかにも本当にたくさんの事が起こり、巻き込まれもしたが、何よりこれが一番記憶に残っている。僕はそんな風にしてカメラと荒木さんに助けられたのである。

 話は変わるがとても若い頃、僕の友人は「FUCK THE POLICE」と大きくプリントされたUNDER COVERのTシャツを着ていて、若い警察官にものすごく絡まれたことがある。