ボブ・マーリーそうめんとフィルム現像のいい関係

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 あんなに大量の茹で上がったそうめんを未だみたことがない。なにせ5ℓは入る大鍋にぱんぱんににゅるにゅるなのである。

 暑くなってくるとそうめんが恋しくなり、そしてまた僕はそれを思い出すのである。

 

 僕はフィルムを使っている。今時は珍しいかもしれないが、僕が写真を始めたときはそれが普通だった。というかそれしかなかった。それがいまも続いているわけだ。お金はないし、大量に撮影するものだから自分でフィルム現像をするしかない。一回の現像で4本タンクを4缶使って合計16本を一気に現像する。停止液は割愛している。その分、定着液に頑張ってもらうことにしているのだ。

 売っているのは現像液、定着液ともに粉末の状態だ。1ガロンと表記されていて、それをお湯で溶いて液体の薬品をつくるのである。1ガロン(アメリカの小説などでよくビールのケースとして出てくる)といえば日本に馴染みの表記に直すと、3.8ℓということになる。結構な量である。それを作ろうと思えば当然ひとまわりおおきな器が必要となる。

 僕の家には大きめのパスタ鍋がひとつある。猫ならばゆったりと浸かれる大きなお風呂といえるような大きさだ。それはパスタを茹でる目的ではなく、現像液やなんやかやの為に購入したものなのである。そして僕はそれを使って夜な夜な(昼も)さながら魔女のように熱湯に薬品を溶かし込み、かき混ぜかき混ぜし、現像液や定着液をつくるわけである。

 

 僕の家には、よく友人たちが泊まりに来る。

 何年か前の事だ。大阪から二人泊まりにきていて、散々呑んだ翌日、強烈な二日酔いを抱えた僕らはなお若く、夏ということもありさっぱりしたものが食べたい、そうめんにしよう、ということにあいなった。

 揖保の糸がいいだの、色つきのがかわいい、やっぱりCMは田中好子だな、熟成した高級なものがあるだなんだのと話し合っていると、いつの間にかどれくらいの量を食べれるか、という話へと変わり、その結果ボブ・マーリーのドレッドヘアーくらいの束のそうめんを買ってきたのである。

 さて、問題はゆでる器である。2人前くらいであればフライパンでやってしまえるが、もう量が乾麺の状態で尋常ではない。

 当然、例の鍋しかないのである。

 薬液を作っている鍋しかない、そのことを僕がいうと彼らは大阪人にもかかわらず(失礼か?)とたんに尻込みし出した。髭面をした大人がである。

 仮にもそのうちの一人は写真を嗜むものである。そんなことをいわずとも学生の頃からの友人で、あれやこれやもっとお下劣なことも沢山こなしてきたのに、である。もう一人の方だって今でこそまともな格好をしているが初めて会った時は金髪にして長髪、M-65かなんかを着込み、酔っ払いの僕を軽くいなすパンク野郎だったのだ。

 まあ言われてみればパスタなんかだと洋物だし太さがあるからいけるぜ、みたいな感じがするが、そうめんは、うどんやきしめん、ひやむぎ、そばなど多々ある日本の麺類のなかでも繊細にして最細、最弱なんである。現像液の影響をすぐ受けそう、みたいな気持ちはわからないでもない。だがそこら辺に関してはかなりゆるい僕はとりあえず、ちゃんと洗ってるから大丈夫をひたすら連呼し、そんな二人をなんとか宥めそうめんを茹でたのであった。

 僕は一人暮らしが長いせいもあってそうめんをゆでるのがかなりうまい。ボコボコ沸騰したお湯に放り込み、ちょっとでも泡を噴こうものならビックリ水をぶっかけ、30秒ほどで火を落とし、即座に冷水にさらす。完璧なアルデンテである。

 ただ、茹で上がってみると、それはおよそとんでもない量であった。当然といえば当然だ。だって乾麺の段階でボブ・マーリーだったんだから。

 それを前に戦々恐々としながらも、一気果敢に床にでんと鍋をおき、笑いと恐怖の入り混じった奇妙に複雑なウキウキした顔でそれ取り囲み、三人してそうめんをすすった。

 あれだけビクビクしていたのに、結局僕らはカツオと昆布だしのオーソドックスな麺つゆとゴマだれを使い分けして、パンクの刻んだ大量のネギとおろし生姜を薬味にそれをうんうん言いながら食べきったのだった。

 いまにして思うとあの量を食べれたのは、隠し味としてのナナロク(D-76という現像液の通称)と定着液のお酢の力のおかげかもしれない、と密かに僕はおもっている。

 しかし、その後三人して悶絶し救急車で運ばれることになった、なんてことはもちろんなく、腹が満たされると、少し眠いな、とかいって惰眠を貪り、その後、バスケットボールでもするか、といって元気に出かけたのであった。

 

 いまだにその鍋はうちにあって、現像液に定着液にと働いてくれている。あれから数年の過ぎたいま、老舗スッポン料理屋の土鍋のようにあの頃よりさらに、ナナロクと同じくコダック定着液のたっぷり染み込んだその鍋(ステンレスです)で湯がいたそうめんを食べて僕らはなお丈夫だろうか、と考えてひとりドキドキしてしまうのである。

 

 今年も夏が来る、ご両人ひさびさにそうめんでもどうか。