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コアラちゃんぽんパンダ

ESSAY

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 今日僕は地方の町の国道沿いの中華屋に入って昼御飯を食べた。というのも所用で車を駆って凡そ3時間、の中途、朝から気温上昇、湿気も多く陽が照っておらぬのに激して暑く、クーラーなど付いていないので当然全開にしてあったウィンドウが、アップのボタンを何度押してみても下がったきり帰って来ない、見上げれば曇天、朝ニュースで見た花柄のワンピースを着、コロネ様のパーマをあてた予報士による天気予報では、午後からは雨、ひいては洗濯外干しはNGですよ、という事までアドバイスしてくれてあったので、余程の自信、確信、つまりいずれ雨粒が落ちてきて、風強い今日、大きく開いた窓から雨粒がガンガン吹き込んでくる事は間違いなく、車中独りずぶ濡れ泣きながら、なんかぬるぬるして気色良くないな〜ナマコ嫌いだな〜、と感じつつハンドルを握りしめる15の夜、みたいな事になっては、三十代も後半やはり嫌なので、運良くあったメーカーディーラーに飛び込み、正常に動作しなくてもいいのでとりあえずガラスを持ち上げて窓を塞いで下さい、と懇願、すると、30分位お待ちください、何とかやってみますので、という事でその待ち時間、近くにあった中華屋で食べ損ねていた遅い昼御飯をとることにしたのである。

 さて店に入ろうとガラス戸を開けると入れ違いになる格好で、ネクタイを巻いたサラリーマンと思しき二人連れが出てき、僕はそれをやり過ごしたのちそそくさと手近の席に座って、壁に綺麗に一列二段にぶら下がってある、然しうすら汚れた紙札のメニューを眺めて品を検討、見当、心内に決めると店員のコンタクトを待った。が、フロアー担当であるはずのパンチ風カールのヘアーをレンガ色に染め上げ、中央にコアラのイラストの刺繍してあるエプロンがぴったり似合っている中年女性店員は一向にこちらに興味を示さぬばかりか、水を運ぶといった初動すら起こさず小上がりに腰掛け弛緩団欒、足をぶらぶらさせ、ひたすら天井近くの台に据えられたテレビに釘付け、凝視しているばかりである。

 帰り客と入れ違いだったから、もしかしたらあんたの入店に気が付いていないだけなんじゃないの、という人があるかも知れないから言っておくと、それはない、と断言できるのは、例の黄ばんだ紙札メニューを眺め品を見当していた際中、お客さんを認識していますよ、という視線をちゃんとプロ的所作によって送って寄こしており、僕はそれをビンビン感じていたからであり、また注文のタイミングを伺っているのですよわたしは、という気配、雰囲気さえ醸し漂わせていたからである。

 ので、無言折衝、が大人の対応、しかるべく品を決定しましたよ雰囲気をガンガンに送り返した僕、をしかしスルーし続ける。こちらとしては慣れぬことなので、もしかしたら波力が足らぬのかもしれず、時折咳払いなどを織り交ぜてみもしたが微動だにせん、ので、いよいよこの店員、コアラに、はよ来いや〜、ぼけ〜、と声に出し催促しよう、と思ったが、そのあまりの熱中、真剣さは尋常ならざらん、ので、もしかすると何処かで震災やテロ事件などが発生、中継特番でもしており、或いは巻き込まれた可能性のある身内を心配、案じているのかも知らず、本当は直ぐにでも駆け付けたいが、お客がいる為、それを何とか堪え踏ん張り、固唾を飲んで見守っているということも考えられ、よくよく見てみればその小柄な背中が少し震えているようにも見え、それでは仕方ない、と画面を見やると普通に「京都地検の女」が流れていた。名取裕子が映ってた。

 CMに切り替わるとコアラは跳ね上がるように立ち上がり、直ぐ様僕のところに水とおしぼりを携えて来、コアラみたいな愛嬌ある笑顔で、ご注文は? といい、僕の所望を理解承諾すると、厨房に向かって、ちゃんぽーん、と大きく発声、再び「京都地検の女」へと戻って行った。

 程なく運ばれてきたちゃんぽんめんは激烈に熱くかつ美味く、その両方に悶絶した。今まで食べたちゃんぽんめんの中で一番美味しかった。

 中途半端な時間なのだろう、僕が来たきり客はなく、暫くすると厨房に入っていたオヤジも小上がりに出てき、コアラの横に腰を下ろすと、やはり足をぶらぶらさせ「京都地検の女」を眺めた。

 それから三日後、僕の車は唐突に夕陽の綺麗な陸橋のど真ん中で、ボンネットから緩やかに煙を吐き出し停車すると、やがて完全に沈黙した。

 僕も「京都地検の女」が好きだった。

 ちゃんぽーん。