ガッツのある野菜炒め定食

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 ロックバンドを結成した。バンド名は「ザ・捨て鉢」だ。その名の如くパンクロックバンドである。編成はボーカルにギターとベースにドラムというオーソドックスなスタイル。曲は三つか四つのコードで成り立つシンプルなもので、それに捨て鉢なまでの愛を込めた捨て鉢な歌詞をのせてシャウトするボーカルがくねくねと踊ったり舌を出したり暴れながら歌う。

 ライブステージはバーカウンター、客は飲みかけのビールグラスや立ち並ぶジンやウォッカやウィスキー、半分になったハーパーのボトルやアイスピック、腰のくびれたジガーカップ、残されたナッツの殻、タバコの吸殻、濡れそぼったコースター、果物ナイフとライム、誰かの忘れていったライター。現実には一度も音を鳴らすことのない机上ならぬ”酒上”の一夜限りの空中分解バンドである。

 僕はまったく楽器ができない。なのに気持ちだけはあるものだから、これまでそんな風にして酔いにまかせて数多くのバンドを結成しては解散してきたのである。周りにミュージシャンや音楽に携わっていたり、無類のロック好きなどが多いせいもある。そんな連中と呑んでいるときまって、よしロックバンドをやろう、となるのである。それを肴にああだこうだ呑むんである。そして、酔いつぶれて解散するんである。きっとそこら中で、そんな世に出ることのない与太バンドが結成されているのだ—。

 

 僕が池袋に住んでいてレンタルビデオ・CD屋でアルバイトをしていた頃、もう15年も前のことだ。そこにいたのがケンさんである。

 歳はおそらく30代の半ば。髪はブリーチを繰り返した結果ほとんど白髪のような金髪にしてロングヘアー、一重の目は細く、眉は綺麗に剃り落とし、耳はもちろん鼻と口にも大振りのピアスをぶら下げ、ニカっと笑う歯の幾つかはシンナーで溶けていた。身体は筋骨隆々、そこら中に刺青が入りいつもニッカボッカを履いていた。上着は季節によってピンクのダボシャツやドカジャンに変化した。

 ゴリゴリのストレンジロックバンドをやっていて、僕の好きなブルーハーツが嫌いでモーニング娘。がお気に入りだった。

 何が気に入ったのかいまだわからないが、休憩になると僕を近くの飯屋によく連れっていってくれた。僕はその時々、アジフライ定食や焼き飯なんかを注文したが、ケンさんは決まって肉野菜炒め定食を頼んだ。そして肉と野菜を丁寧に選り分け、肉を僕にくれるのだった。

 僕が「いらないんですか」と訊くと、ケンさんは「信仰の関係で肉はだめなんだ、頼む、お前が食ってくれ」といいながら、すべて僕の皿に肉を移動させる。

 「それだったら野菜炒めにしたらいいじゃないですか」とつっこむと、「こっちの方がうまいんだ、肉の味がして」とさらり言う。

 僕は信仰心について少し考えながらも、いくらでも入る若い胃袋にありがたくそれを詰め込んだ。ケンさんの訳のわからないでも篤い信仰心も悪くなかった。

 

 それからよくライブにも呼んでくれた。もちろんお金のない僕に払わせることはなく、いつもただで入れてくれた。

 ケンさんが出演するのは大体は新宿の小さいが有名なパンクロックのライブハウスだった。ケンさんのバンドは、ベースとドラムだけの2ピースバンドという極めてプリミティブな構成だったが、もちろんストレンジ全開だ。無茶苦茶なバンドばかりが出るステージだったが、その中でも群を抜いていた。

 ベースの人は黙々と重厚な音を弾くが、ケンさんは上半身裸でヘッドセットを付け、いつものニッカボッカに足袋という格好でドラムを叩きながらボーカルも担当し、かつ暴れまわっている。ボーカルといってもそれは言葉の体裁をなしていない。ほとんどが悲鳴や雄叫び、あるいは咆哮だ。時々しっかりと言葉を叫んでいるのが、そのことだけは理解できるが、ディストーションとディレイを掛けているそれはやっぱりなにを言っているのかはわからなかった。

 時々、金髪を振り乱し咆哮しながらドラムセットを蹴散らし、野球バットでシンバルを叩いたり、なぎ倒したりした。曲が終わるとMC代わりにそれを自分で元の位置に直したりもした。ほとんどの曲がそんな調子だった。

 フロアにいる数十人の客は、呆れ返った様子で、タバコを吸ったりお酒を飲んだりそれぞれ目当てのバンドが出るまでの時間をつぶしていた。正直、僕もほとんどおなじようなものだった。

 最後の一曲だけボーカルのない曲だった。ハウリングさせて増幅するノイズの中、ベースが極めて少ない音数でこれもまたシンプルな配列の音階のメロディラインを奏で、裏にはゆったりとしたバスドラを前に出した重い少ないビートが刻まれる。時々それらのリズムが速くなったり止まりそうになったりした。浜辺に繰り返し打つ寄せる穏やかな波のようで心地よく、同一でも少しづつテンポの異なったそれはさっきまでの暴力的な演奏と奇妙な共犯性を生み、テーブルの上の灰皿が踊るほどの大音量ながら、ひときわ静寂を感じさせるサウンドなのであった。僕はこの曲が好きでいまでも時々、貰ったCDを引っ張り出して聴いている。

 

 時折ポツリポツリと口少なく話す、朴訥な、そして見た目とは違って誰も傷つけない、アイドルCDばっかり聴いているケンさんはおそらくもう50歳にはなっているだろう。そしてきっといまでも、エースもスラッガーも退場したけどガッツのある野球チームのような野菜炒め定食を食べ、ロックンロールし続けているはずだ。

 僕が結成した数多くのどんな変わったバンドもケンさんのアバンギャルドなロックを超えるものはまだない。