ハードボイルド的チキンウィング・アームロック

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大阪で久しぶりにバスに乗った。陽も傾きかけの夕方の中途半端な時間でガラガラだった。と思ったら幾つかの停留所を過ぎると、あれよあれよ結構な混みようである。乗客はのっぺりとまったく偏りなく、老若男女、学生からサラリーマン、主婦などまったく均等である。席はそれら乗客にほとんど埋まり掛けている。

 プーっと音がなり扉が開くと、元気なおばあちゃんたちがガヤガヤと乗り込んでくる。

 僕は、これは無理かなと思い「ここどうぞ」と席を譲ろうと立ち上がった。おばあちゃんたちは僕と席の空き具合を交互に見やってから「いけるわ」とぎゅうぎゅうに最後部の座席になんとか収まり「おおきに」と一言僕に返し、自分たちの会話にまた戻っていった。

 僕は結局そのまま座ったが、さて、と考えてしまった。僕はもう席を最優先でゆずる年齢なのだろうか、と。おっさんから席をゆずられても、お婆さんやお爺さんからすれば、違和感があるのかもしれない、と思ったのである。

 30歳も半ばを過ぎればおっさんである。少なくとも若者ではない。見渡してみれば、席譲り適齢期、最有力とみられる高校生や大学生風の人も何人かいる。

 いつか僕も席をゆずられる年齢になるときがくる、その人生で初めての瞬間に僕はどう対応するのだろうか。もしかしたら「てめぇ、このやろう、わしをジジイだと思ったのか、コラ」などと、はげあたまに血管を浮き彫りにして、しわしわの拳を振り上げ、のたまってしまいそうだ。もしくは、唐突の出来事にしどろもどろになってカクカクした動きになった挙句「ありがとござんす、へえ」なんて訳のわからない受け答えをし、譲ってくれた若者の方も実は初めて席を譲ったのであり、やはりこちらもパニックになり「こちらこそ、ごめんくさい」などとチャーリー浜みたいに返し、二人してまるでテレビ番組の「初めてのお使い」のキッズみたいにとうとう泣き出してしまうなんてことになるかもしれない。それを見ていた周りの乗客達も最初は笑っていたが、しまいには一緒になって貰い泣きなんてことになって大団円、とても和やかな空気でめでたしめでたし、ということになりかねない。

 いろいろ考えてみたが僕はきっと偏屈で天邪鬼だから「ゆずってなどいらん」などと感謝と照れが沸騰して逆のことを言ってしまい、本当は腰とかしんどいから素直に座ればいいのにやせ我慢して立ち続け、そのまますっころんで結局みんなに迷惑をかける困ったジジイになりそうだ。いまからそれが心配だ。

 スマートに「ありがとう」とにこやかに答える好々爺や「気持ちだけもらっとくぜ」なんてセリフを返すハードボイルド爺に僕はなれるだろうか。

 

 乗り物つながりでもうひとつ。新大阪行きの新幹線でのことである。僕は新横浜から自由席で行くのが常である。どこから乗ってどこに降りるにしても、やはり自由席だ。指定席を買ったことはない。時間に迫られる気がするのがきらいだからである。

 さて、この日も朝早くの新大阪行きのぞみの三号車に駆け込んだ。階段を上がるとちょうど良いタイミングで新幹線がホームに滑り込んで来、待ち時間なしで乗ることができて上機嫌である。

 朝の7時過ぎの東京発なのだが、関西方面に向かう背広を着込んだサラリーマン達で混んでいる。窓際は端からあきらめている。3人がけの真ん中しかおそらく空いていないだろうから、僕はもう特に歩き回ることはせず、目に付いた一番最初の空席に座ることにしている。

 車両に入ってすぐにやはり真ん中の席に誰もいないが革鞄だけがちょこんと置いてある。僕はその席の隣の人にそこ空いてますか?と尋ねた。

 するとその中年サラリーマンらしき男は軽く半笑いで「ああ」とだけ答え、その反対側でテーブルを出しサンドウィッチを食している若いこれもまたサラリーマンらしき男性に目配せすると、その若い方が面倒くさそうにテーブルを直し、真ん中の席に移動したのである。つまり混んでいる車内で二人連れなのに、真ん中の席にカバンを乗せ豪勢に3人使用としてふんぞり返っていたのである。

 僕はその態度とその行為に憤慨し、最初に声をかけた方、中年のはげあたまをペチンとひっぱたき、次にジェルで頭をハードに塗り固めた上司の頭の鳴らすサウンドに驚く若い方のサンドイッチを蹴り上げ、間髪入れずに腕をホールドしチキンウィングアームロックを決めて名古屋名物の手羽先みたいにする、なんてことは出来ないものだから、隣にすわるとすぐに肘掛を全面的に占領し、そのまま眠るふりを決め込んで1ミリたり一秒たりとも譲りはしないと決意。逆側に重心をシフトして頭を乗せる手を変えたり体勢を変えて尻でも掻いたりしたかったが、意固地になってその姿勢を維持し続けていたら、熱海を越えたあたりで脇腹をつって痙攣し瞼をピクピクさせながら一人悶絶した。

 二人のサラリーマンはそんな僕をまったく気にせず小話をして笑ったりして楽しそうに過ごし、名古屋駅に着くと手羽先を食べに下車していった。