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左膳・大工・トロンボーン

ESSAY

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 クラッシックミュージックを聴きながら陽だまりの中でガンガンにボイルしたソーセージーを齧り、ビールを飲む。

 現在の状況を簡潔に文章にするとほとんどフリフリのついたシャツに別珍のジャケットを羽織ったドイツの貴族豪族のようで頗る気分がよいが、では実際に毎日パーティーを催し、貴族豪族的生活を日々暮らしておるのかといえば全くそんな事はない。

 着ているものはといえば味もしゃしゃりもない無地の無抵抗のパーカーにジーンズ、目の前には昨年の冬の真っ盛りにぶち壊れたエアコンの代打、年の瀬に取り付け工事を頼むのもなんだからと、とりあえず電器屋で求めた小型電気ファンヒーター、羽をブンブンに廻しソファーに座るわしへ懸命に熱風を送ってくれる、というとソファーってやっぱり豪族やん、という指摘をする人があるかも知れないが、これは数年前まで友人と共同で借りていた暗室で使用されていた中古品で、合皮丸出し、クッションは潰れてペタペタの駄ソファー、だが雰囲気の具合が滅法よろしいので気に入っているだけの代物、なのでそれには当たらない。

 窓際、間近に迫る壁際には単行本や新書、文庫本が野積みされてあり、酔っ払ったらパラパラ捲り独り朗読してみもする詩集、ランボー田村隆一、マフムード・ダルウィーシュ、吉増剛造ブルーハーツなんかがざっとひと山、他の山は例えば料理はせぬのに眺めるのは好きで、古本屋でみるとつい買ってしまう随筆風料理もの、「探究!小説の中のうま御飯」、「アマゾンで野生のオシャレキッチン」や「ご家庭で燻製を始めたりしたりしたら?」、「簡単おつまみコロシアム」みたいなものがあるばかり。

 つまり上流階級には程遠い貧民、それも例えば職場の同僚にライブに誘われ断れず、観に行ってチケット代をがっちり取られた上、真顔で「どうだった?」と訊かれ、しかし明日も会社で席を隣りにしてコミュニケーションを取りつつ、テキパキと業務をこなし、さらに出来れば

渡る世間は鬼ばかりって長いよね」

「つーかえなりくんって最近みないけど元気にしてるのかな、さつきは心配でならないのです」

などとナレーション風に言ってみたりする激烈に他愛のないお話などを挟みつつ、愉しく仕事をし給金を貰いたい、のでとにかく波風立たせたくないという事由を抱えた上での評価、くらい大甘にみての、中の下くらいである。

 さらに例えるなら江戸時代の江戸。

「お前さん、私、贅沢はいわないけどさ、それでも歳の初めじゃないか、尾頭付の鯛とまでは言わないよ、でもやっぱり正月くらいはさ、いつもの食パンの耳をカリカリに焼いたやつじゃなくてさ、餅米だよね、普通。あれだよ、誤解しないでくださいね、好きだよパン、あたい。でもね、元日じゃん、元旦やん。せめてお雑煮餅くらいは食べたいよね。」

と働きものの女房から言われる、万年長屋暮らしの素っ頓狂右衛門左膳みたいな名前の平民みたいなものである。

 では次に何故クラシックミュージックなどが掛かっているのかといえば、年末から始まった隣りの住宅工事の大工さんが持ち込むラジオのミュージックが、二階の僕のいる部屋に流れ込んでくるからである。だが大工見習いの、眉を剃り上げ、金髪にし世間を威嚇しておるようなやんちゃでイケイケな若いのが大音量、というのではなく、うちの家の壁がベニヤとトタンで誂えてある為である。

「このままこっちも打ち込んでいいんすか」

「馬鹿っ野郎、そんなんしたら反り返っちまうって先に言ったろが、このこんこんちき」と金髪をポカリ

「すんません、おやっさん堪忍」とぺこり、のちそんな見習い金髪を気遣い親方

「おい、あれだな、そろそろメシにすっか」

というような心温まる軽快なやりとりではないが、似たような会話、ノイズの多いラジオのスピーカーと薄壁を通って微妙にミュートの効いたそれはまた釘を打ったりノコを引いたりする音と入り混じってアンサンブル、不思議に心地よいのである。

 トロンボーン吹きたいな、と思った。