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哀しきチャーリー

ESSAY

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 久しぶりに警察の方と立ち話、お喋りをした。

 というのは、僕がゆるゆると自転車を漕ぎ漕ぎしていると、後ろから、こんにちわ〜、いい天気ですね、などと陽気に話かけて来る者があり、振り返ると警察官が笑顔で自転車に跨っており、止まれと言われたわけではないので、そのまま、あ〜そだね、と返し、続けて何か用か? つまり職務質問かという意味合いを含め尋ねたところ、いや、ただ天気良かったから言ってみただけ、みたいな事をいう、ので、お前は近所のおばはんか、と思った、というか声に出てた。

 と、ですよね〜みたいな事を言って尚ニコニコしている。何だか優しそうな奴だな〜、いい奴そうだな〜、でも大丈夫かな、とも思った。というのはその職業の性質上、警官というのは善良市民を守る為、場合によっては粗暴者を追跡かつ拿捕、時には凶器を振り回す悪漢と交戦、しかも敗北は決して許されず確実に勝利せねばならぬという危険にして重要な役目、であるので、僕にしてこの子大丈夫かなぁと心配してしまうくらい物腰ソフト、今日の春の陽気のような緩さの歳若い警官であったからである。

 さて云く特に用があるのでないというので、じゃっ、といって前を向いて自転車を漕ぎ漕ぎしていると、どうにも後方でうろうろ纏わり付いている気配がするので、振り返ってみると先の警察官が俺を追走、やはりニコニコフェイスのまま唐突に、アブナイものとか持ってないですよね〜、調べさせて貰ってもいいですか、みたいな事を平然と述べた。

 結局やんのかい、と思った、というか声に出てた。

 が、そんなツッコミには取り合わず、サミットがあるんで、特別警戒中なんで、みたいな全く理由にならぬ事を言い言い、俺の持物チェックを始め、まず首に掛けてあったカメラを眺め、それから鍵束を探り髑髏のキーホルダーをつまみ上げ凝視した挙句、骨ですね〜、などと激烈に抽象的な感想を述べつつ次はポケットを触り、出て来たフィルム、ラーメン屋のレシート、小銭財布などをいちいち見聞、検閲、フィルムですか? そうだよ。ラーメン食べたんですね。そうだよ。小銭が入ってるんですか? そうだよ、小銭入れにチキン南蛮は入ってないよね、フツー。と冗談を言ってみたが無視され哀しかった。

 持物見聞が終わり特にアブナイ物が出なかったので、ほいじゃ行くか、とペダルに脚を掛けようとすると、ニコニコを相変わらず顔面に貼り付けたまま、自転車の方もいいですか〜、盗難〜、一応。みたいなことを言った。吐かした。

 お前、いい加減にしろよ、と思った。これも声に出てた。

 最初の天気良かったから言うてみただけ、は何処いったんだ、呆け。むしろがっつりやってるじゃんか、コラ。とも思った。と同時に俺は哀しかった。ニコニコの柔和故、職務に支障を来し立身出世出来ぬのではないか、と行く末を心配までしていたのに、当の相手は親の心子知らずみたいな、逆に俺を悪漢と見当、ぐんぐんに疑っていたのであった。

 結局、俺の気持ち、言葉は彼のハートにはまったく届かず、粛々とニコニコし任務を遂行し続け、防犯登録のナンバーを伝えるため、アルファベットです、はい、チャーリーのシー、それから数字のぜろー、はち、ろくーなどと肩に引っ掛けてあった無線機に向かって楽しそうに喋り、のち盗難届けの出ていない事が確認出来ると、大丈夫、問題ありませんでした、みたいな事を隣で暇を持て余し立っているだけにみえる俺に言った。

 俺は回想していた。

 これまでにチャーリーのシーを何百回というほど聞かされてきた、警察の方から。匿名的チャーリー、記号化したチャーリー、ほとんど自分で無線に向かっていえるくらいに。そのたびに子供の名前は絶対チャーリーにはしないと固く決意したりした。

 無線応答を待っているあいだ、俺はそんな事を思い出し、そういやチャーリーとチョコレート工場っていうけったいな映画があったな〜、気色良くなかったな〜、戦争嫌だな、みたいな事を考えていたら何という無駄、不毛な時間だろう、と腹が立ってき、堪忍袋の緒が切れ、というかそんな生易しい様子ではなく、激甚、もっとこう堪忍を入れてあった袋が破け弾けて一瞬にしてスパーク、みたいな感じになって、いよいよ殴ろうかな、と思った。

 が止めた。のは何故かというと、はっきりいって歳若いこのニコニコ警官と全力で渡り合った場合、例えニコニコが柔道などを得意として育っていても、現在、堪忍を入れてあった袋が破け弾けるほど憤怒燃焼のうちにある俺、或いは勝てるかもしらん、が制服を着た警察官というのは警棒という鉄で出来たトンファー的武器を所有している上、ピストルまで腰にぶら下げてあり、当然バンバン撃っちゃ駄目みたいな規則、制限があるだろうが、あぶない刑事及び刑事貴族を観、それらを警察の鑑、見本とし育ってきた俺は、警官がそんな規則制約など一顧だにせぬ事は分かっている、となればナックル対ピストル、勝利不可であること必定、勝利者としてリングの上で雄叫びを上げられず、エイドリアンにはフラれるという事が目に見えているからであり、負け戦さに臨むほど阿呆でないよ僕は、と考えたからである。

 と書いてみたが、実際には逮捕されるのとかフツーに嫌だったので、もういいかしら、と井戸端会議を終えたおばはんみたいに言って呑み屋に向かった。

 乱飲ののち、隣にいた外国人にニコニコしながら話かけたら殴られた。哀しかった。チャーリー。