PIS。

f:id:hynm_yokoyama:20170327093110j:plain

2017/04/12 - 04/23 Junpu Elementary School

Ryuhei Yokoyama  & Shinichiro Uchikura Photo Exhibition space.

 

「Wonder Foto Day 2017」


f:id:hynm_yokoyama:20170313122410j:plain

Title: Skull, Graffiti#1, Rat - Shibuya, Old Boots, Old Bag

Title of series:City and Objects

Artist:Ryuhei Yokoyama

Edition Number:50

Release Date:Feb 13,2017

Medium:Archival Pigment Print

Media:Hahnemuhle Photo Rag Baryta

Media Size:H: 210 W: 297 mm

Image Size:H: 170 W: 240 mm

 

Price : 10,000yen

 

「Wonder Foto Day 2017」

2017/03/17 (五) - 03/19 (日)


Fri., Mar. 17, 2017 - Sun., Mar. 19, 2017


台北華山1914文化創意園區 中4B
台湾 台北 華山1914文化クリエイティブパーク


Huashan 1914 Creative Park, Taipei, Taiwan

 

http://www.wonderfoto.com/

アッパー

f:id:hynm_yokoyama:20170221111853j:plain

 

 パスポート申請をしに新宿にある旅券課という所へ行ったが、思っていた以上に混み合っており、大きい病院の待合室くらいの場所に老若男女70人くらいが椅子に座り、あぶれて立っている人などもいて、受付で渡された番号札がカウンターに取り付けてある電光掲示板に点灯するのをそれぞれ待っている、というと大病院と大きさもシステムも似ているがしかし、雰囲気が全く異なるのは、ずばり人々の醸す、発する念みたいなものが違うからである。

 病院で待つ人々は好調でないから来るのであって例えば、いや~この一週間くらい肩の調子がすこぶる良くてちょっとボールを投げてみたら170kmでたんですわ、草野球で、せやさかいプロテスト受けようおもてますねん80歳やけど、契約するのに診断書いりますやろ~、メディカルチェックいうやつや、みたいな事で訪れることはなくやはり、胸の辺りがちょっと苦しいんだけど肺臓がやばいんではないか、婆さんや~とか、天気が良いから河川敷、ちょっとした草むらを散歩しておったら、土偶がスネを直撃、激烈に痛いんだけど、はっきり言って折れてると思うわしは、それはまあしょうがないとして、粉々に割れちゃったんだけど呪いとかあんのかな~土偶縄文時代って何かこう毒っ気が強いつーかさ、やっぱり弥生のほーがーいいな~みたいな、みたいな不安をそれぞれ抱えていて居ずまいに何処となく陰を落としており、ココロが皆一様にダウナー、に比して旅券課の人々はというと、新婚旅行でハワイにいく、とか、ニューヨークへ行きびんびんにビジネスしドルを稼ぎビルを買う貸す売る、というシャイニングめく者や、ウィーンの音大へヴァイオリンの勉強のため留学するのだす、みたいな娘、青年、あるいはフランスに赴き高級ワインを飲みながらフランス料理を食すぜ、俺は、私は、ざます、エルメス、みたいなオーラが満ちてあり、モサモサのファーに包まれたご婦人やシワひとつない光沢のあるスーツを着、髪をジェルでオールバックしたプラスティックヘッドみたいな人などもいて、気持ちがズンズンしている感じ、極めてアッパーなのである。まあ俺もそのアッパーの一員なんだけどね、アロハ。飛行機弱いけど。みたいな事はどうでもよく、先日いったラーメン屋について書こうと思う、俺は。僕は。

 

 夜十時、大通りを歩いていると、ラーメン師匠と赤いビニールに白色でプリント、その隣にはカピバラが描いてある店があり、普段そのような迂闊にファンシーが丸でてしまったような店に入る事はないが、ここは旅先、付近にカピバラ師匠の他食事が出来る処は見当たらず、俺はラーメンとだけやはり赤色の布地に白く染め抜かれた暖簾をくぐり、手近の席に着いた。

 コートを脱ぎ、落ち着いたところで、店内を見回してみると以外にもファンシーさはなく、週刊誌などが小上がりの片隅に積み上げてあり、隣には緩やかに傾いでそこだけパースが狂って見える合板の本棚、中には食堂の定番ザ・シェフと釣りバカ日誌の2タイトルが並べてある。天井付近に設えられた台にあるテレビは、程良く小汚く、黄色くくすんだブラウン管には科捜研の女16が流れてあった。

 つまりよくある庶民的な落ち着く感じの仕様、オーソドックス、街にひとつはある市井の中の市井、人々に愛される感じの駄中華的な店、で店員はというと店主と思しきオヤジが一人居、ワイキキビーチと英語で書いてある、それがズンズン主張してくる感じのプリント、のTシャツを着、頭部にはぐるりヴェルサーチ風スカーフ柄のハチマキが縛り付けてある上、顔には顔面のサイズに比して小さ過ぎる眼鏡を掛けてある為、バランスみたいなものがガチャガチャになっていて非常に落ち着きがなくみえ、師匠というには縁遠い雰囲気、でカピバラのような顔感じを感じるかといえば、ちっとも可愛らしいこともなく、カピバラというかゴリラの方が近く、愛嬌皆無、むしろ無愛想といってよく、俺が店に入った折、しゃいっ、みたいな事をこちらを向きもせず小声で言うた以外、いつ迄も注文を聞きにも来ず、カウンター越し、覗いてみれば厨房でキャベツを一心不乱、凝縮し続けている。

 別に愛想を貰いに来たのでないし、俺は厨房に向かって声を出し瓶ビールとラーメン並を注文し、科捜研の女沢口靖子が難しい顔をしたり走り回ったり部屋中に薬品を掛けまくったりし結果分析、犯人の目星を付けるみたいな事をして忙しそうにしているテレビ画面を眺めながらとりあえずビールが来るのをぼんやり待っていた。

程なくして瓶ビールが運ばれてきたが、ラーメンと同時に出されたので驚愕した、がそれはビールが遅かったのではなく、ラーメンが激烈に速かったからである。そして即席麺並みの速度で拵えられたそれはうまく、がしかし空腹は最高の調味料だよね!みたいな事があったわけではない、俺は数時間前にカレーパンを食っていたしね、ヤマザキパンの。みたいなこともどうでもよくて、つまり本日の俺の気分はアッパーなのだよ。しゃいっ。

往復書簡 第二回

f:id:hynm_yokoyama:20170115152937j:plain

CITYRAT press PRESS特別企画「横山隆平 × シノハラユウタ」往復書簡
他愛もない会話から生まれた"写真家はもっと写真についての言葉について語らなくてはならない"というテーマに導かれ、二人の若き写真家がメールでのやりとりを通じて写真について考え問い、少しづつ言語化していく──。
第二回、"立ち返る原風景"公開。

http://www.cityrat-press.tokyo/correspondence/

ぐんぐんのインスタ

f:id:hynm_yokoyama:20170128093852j:plain

 最近、仕事でインスタグラムというのをやらねばならんというのでやっているが、これは基本的にフォロワーを増やすことが至上命題といえ、しかしこれが中々難しくまったく増えないのだけども時々、まだ始めたばかりの僕が投稿した写真に、いいね!をしてくれる人があって、それはどんな人かなと、そのプロフィール欄を見てみたら、「コメ貰えると嬉しいです」と書いてあって、なるほど、少し食うに困っている、貧乏してるのだな、と思った。僕も窮するようなことがあれば、パン貰えると嬉しいです、と書いてみようと思った。

 みたいな事はどうでもよく、時折、いいね!を連弾してくれる海外の優しい人があり見てみると、浜辺やベッドの上でぐんぐん胸を強調した写真を掲載している女の人などが結構あり、フォロワー数などももの凄い数になっているのだけども、そのように浜辺やベッドの上でぐんぐん胸を強調した写真を投稿しているのにフォロワー数が少ない人がいないのは、浜辺やベッドの上でぐんぐん胸を強調した写真を掲載することによってフォロワー数が増えたのか、浜辺やベッドの上でぐんぐん胸を強調して写真を掲載するタイプの人は元来フォロワー数が多いのか、という事が気になってばかりいて、ちっともこちらのフォロワー数が増えぬ。と嘆いてばかりいてもあかぬので、そういう人達の投稿の傾向、構成を分析してみると、実に単純、ぐんぐん写真の他、スイーツの写真が散見される事に気付いた俺はしかし、男である為、浜辺やベッドの上でぐんぐん胸を強調してもあまり意味がない、しかしその本質とは何かといえば、ズバリ、エロスである。

 であるならば、同様価値、つまり代替エロスを投稿すればいいわけで、ぐんぐん考えてみた結果、いま俺のいる薄暗がりのバーカウンターにあるグラスの水滴などなるほど実にセクシーだし、灰皿で口紅に染まった、消えず燻る薄荷タバコなどは、はっきり言ってエロスそのものである。

 で俺はそれをすぐさま撮影投稿、また、スイーツを探したが、無かったので手近にあった小皿に載っている乾き物とナッツで代替することにして、それだけでは画としての訴求力、華やかさに欠ける、でイカの燻製とナッツでパンダを描きこれを即時撮影投稿した。

 これでフォロワー数が一万単位になるだろうと悦に入って飲み続け、酔いに任せ、事あるごとに、そのような写真を連投、翌日、勝利の美酒に膨れ上がった二日酔いの頭を抱えながら、フォロワー数の高を確認すべくみてみると、中年の独呑みフォト日誌みたいになっていた挙句、フォロワーはゼロであったよ。

右脳的左脳

f:id:hynm_yokoyama:20170118082834j:plain

 右手と鏡写しの対象にして手の形と指を同じ位置にしてそこに箸を握らせる。見た目は同じだ。

 サウスポー。何だか格好いい。いけそうである。

 昼飯を左手で食べた。

 ゴボウ天そばである。

 手始めにそばを挟もうとしたのだがうまく力がはいらず一向つかめない。とりあえず持ち上げてみようと引っ掛けてみるがずるずるとつゆのなかに戻ってしまう。いきなりそばはやりすぎだ、物には順序ってものがあると、刻みねぎに挑んでみるが箸先がうまくカチ合わず虚しくつゆをかき混ぜるだけである。そればかりに集中するといよいよ全体のバランスが崩れて、なんとかリカバーしようと変なところに力が入り、親指の付け根の辺りをつってものすごく痛い。思った以上に難儀である。

 これはもうなんか中学生が好きな女の子と初めてデートすることになり、うまくやろうと張り切り過ぎたあまり、色んなところに力が入りものすごく不自然な立ち居振る舞いをしてしまってそれをなんとか挽回しようとしてさらにストレンジな状況になって起死回生男らしくぎゅっと手を握ってみたら、痛い、離して、なんていわれてしまう。そんな感じである。

 ただ僕は30を軽く超えた大人である。なんとかそばをホールドして持ち上げ口まで運ぶ。だが今度はなんだか口の開け方までぎこちなくなって、変にすぼめてしまったりパクパクし覚束ない。ほとんど金魚か北の国からの黒板五郎のようである。その上、突然暇を宣告され、やることのなくなった右手はいつのまにか中空で人差し指と中指と親指を突っ立てて固まっている。周りの人はきっと、こいつはなんでそばを食いながら田中邦衛のモノマネを披露し、さらにはフレミングの法則までやっているんだろうか、と不思議でならなかっただろう。

 ようよう食べ終わってみたものの箸使いに集中しすぎて、全神経がそっちに持って行かれ、まったく食べた気がしない。残ったのは力尽きてふるふる痙攣する左手と虚しく空になったどんぶりだけであった。

 メジャーに行って活躍するダルビッシュ投手なんかは、本来は右投げだが肉体や筋肉のバランスをとるため左でキャッチボールをする。フォームもとてもきれいだ。その上本気で投げれば130キロくらいは出るらしい。こういうのはやっぱり持って生まれた才能なんだろうか。利き腕で投げてもまっすぐいかない僕などは左投げなどしたらきっと新ジャンルの悪魔っぽいダンスのようになってしまうのは間違いない。

 

 「酔っ払って腕を振り回して仏像にぶつけて右手怪我したんですか?」

 とものすごく具体的に心配してくれる人もあるだろうから、最後に僕がサウスポーにしたきっかけを述べておく。

 先日、脳のテストをしたら「右脳100%」という結果が出た。果汁100%みたいだ。

 人間の脳ミソには右脳と左脳という右利き、左利きのようないわば利き脳があり、前者は感情や感性、イメージを得意とし、後者は理論や計算、言語を得意とした論理的思考をするという。僕は「右脳100%」ということだから、論理思考ゼロの直感一徹人間ということになる。

 周りからはイメージや直感の人だと言われてきたが、僕自身としては論理の人だと思っている。

 単なる遊びなのだから捨て置いてもいいのだが、それにしてもなんだかバカにされている気がするし、右脳ばっかりが働いて左脳はだらだらしているのだから不公平である。左脳の怠慢が甚だしい。なんだか悔しいから、積極的に左脳を働かせてやろうと思い立ったのである。かといって殊更何かをするのは面倒くさい(これは心全部のコンセンサスとしての怠慢だからいいのだ)。なので普段の生活の中で、気のつく範囲で利き手とは逆の手を使ってみることを考えたのである。

 大脳は右半分と左半分に分かれていてそれぞれ体の反対側の動作を支配している。つまり右手と左手はそのままクロスする格好で左脳と右脳に直結しているから、右利きの僕はサウスポーとなることで右脳に休暇を与え左脳にその分の労働を課すことになるわけである。

 箸を使っての食事、珈琲のドリップ、洗い物をする時のスポンジ、ハミガキ、リップを塗る、ガムの包装紙を剥がす、携帯やリモコンにマウスの操作、思いつくものをあげればこんなところだ。文字を書くのも左にしてみたいが、ちょっと時間が掛かるし強烈に乱れるのでそれらを眺めていると「言葉・記号とは何か」みたいな問いが生まれて遅々として物事が進まず、果てしなく脱線してしまうことになりそうなので今回は止めることにした。

 とにかくそんな理由で僕はゴボウ天そばを左手で食べたのである。

 珈琲ドリップも結構繊細な動きを要求される。ゆっくりと少しづつ円を描くように注がなくてはならないのだが、もちろんどばっとなる。それからハミガキや食器洗いなんかの考えながら系は、終わる頃にはいつの間にか右手に持ち替えていたりするのだ。マウス操作は多少おぼつかない足取りにはなるけど支障はない。ただ一旦手を離してしばらくすると視界の隅にあるのにキーボードの右スペースを手が彷徨っていたりする。

 

 まだ始めたばかりだから僕の思考に何の変化もみられないが、そのうち効果があらわれて頭脳明晰な論理型エッセイをお披露目できる日が来るのもそう遠くないだろう。それから、焼き魚をサウスポーでさりげなくかつ華麗に食し、女の子にキャーキャーいわれてみたい。どちらかといえばこっちの方が本命である。

 

2015.9.29記

CITYRAT press PRESS特別企画「横山隆平 × シノハラユウタ」往復書簡

f:id:hynm_yokoyama:20170115152937j:plain

CITYRAT press PRESS特別企画「横山隆平 × シノハラユウタ」往復書簡
他愛もない会話から生まれた"写真家はもっと写真についての言葉について語らなくてはならない"というテーマに導かれ、二人の若き写真家がメールでのやりとりを通じて写真について考え問い、少しづつ言語化していく──。
第一回、公開。

http://www.cityrat-press.tokyo/correspondence/