少年の詩

f:id:hynm_yokoyama:20161017091908j:plain

「俺達ァ健康優良不良少年だぜ」

 とは主人公の金田の言い放ったセリフだ。いわずとしれた近未来SF漫画の金字塔、大友克洋AKIRAである。

 間違いなく僕が最も繰り返し読んだマンガである。ストーリーや展開、場面やセリフなんかも結構覚えているが、何回読んでもやっぱり飽きない面白さがある。

 

 小学生から現在まで、多くはないけどその時々買ってきた。

 ちょっと挙げてみると、ドラゴンボールなんかの格闘冒険ものに始まり、スラムダンクとかのスポ魂、それからろくでなしブルースのような不良もの、ギャンブル系ではアカギや金と銀、ちょっとはみ出たところで松本大洋ガロ系漫画、ワンピース、最近ではちはやふるという少女漫画(ちょっと恥ずかしい)だったりである。普通の男のまったき王道であるようにおもう、最後の少女漫画を除けばだが。

 さて、そのどれももう売ったりあげたりして現在の書棚にはない。引越しを超えて付き合いのあったものもない。15年を超えて手元に置き続けてきたマンガは唯一AKIRAだけなのである。

 ところで「無人島にマンガを何か一作品だけ持っていくとしたら?」 

 なんていう定番の質問をされたら、僕は当然迷うことなく『こち亀』を選んでしまう。だって一冊に役に立ちそうにない情報量がぎゅうぎゅうに押し込めてあるから退屈しないぜ。だけど、気持ちの上ではやっぱりAKIRAだ。

 

 僕がAKIRAを購入したのはもう随分前のことだ。18歳か19歳の学生の頃である。漫画本では珍しい巨大な大型本で、一冊大体、千円から千二百円くらいする。装丁などは実に凝っていて派手派手しい。毒々しい。ケミケミしい。デカイから重い。まとめて買うのは当時の財政事情のなかでは厳しく、これを買ったら次の巻はバイト代が入ってからにしようと決め込んだのだが、結局一、二日のうちにすべて買ってしまった。こりゃ今月ずっと袋ラーメンだな、と覚悟するようだったのでよく憶えている。

 全体を把握するのが大変なほどのスケールの大きい生命体規模のシステムや、人間の禍々しいまでの欲望や感情の拠り所を的確に捉えた近未来像、未来そのものへの予感、またそれらを編み上げて進められる圧倒的カタストロフィーと選択可能な希望的進化と再生、それを支える緻密な作画や過激な描写、漫画的技法、そこら中に登場するごてごてした機械や乗り物、ドラッグ思考の攪拌幻想、サイバーパンク、忘れられない捨て鉢なまでの会話、ユニークで突飛なキャラクターの数々……。

 18、19歳の知識欲旺盛ではあるけど、あらゆることに経験と耐性のない僕には一度読み始めたらやめられない多様な中毒性があった。

 読み終えた後、本を放り出してゴロンと寝転がる。色々考えさせられる内容ではあったけど、徐々に輪郭を持って心に浮き上がってくるのは、単純なものであった。それは昨日テレビで見た鉄板のうえでジュウジュウ焼かれた分厚いステーキ、肉本来の旨味を堪能するため塩コショウだけのシンプルな味付けで…。

 違ったそうじゃない。袋ラーメンばっかり食べていたせいで思わず気持ちがそっちに引っ張られてしまった。

 話を戻そう。心に残るのは単純で、金田と鉄男の友情が泣けるぜ、というものだった。結局、僕の根本的な世界を把握する感覚は死ぬまで少年ジャンプから抜け出せないのである。ただそう的外れでもないように思うのだ。

 全体構造の芯となっているのは、システム、運命に抗って貫かれる金田と鉄男の少年性だ。その少年性とは正直さ、頑固さ、などのポジティブな面と欲望、嫉妬、挫折といったネガティブな面の両方があっけらかんと晒け出される溌剌として純粋な単純さからくるすべての少年が生まれながらにして持つ爽やかな善の来し方である。そうなのだ、これは少年ジャンプそのものなのである。世界がどんなに複雑で厄介なものになろうとも、正しいと感じる何かを真っ直ぐすべての物事に貫き通す、あるいは貫き通そうと奮闘する。仲間だった二人はあるきっかけから袂を別ってしまったが、根本にあるのはそんな原初的姿勢をまっとうする金田と鉄男のスパークする生の奏でる健康優良アナーキーな"少年の詩"なのである。

 

 ここまできて、読んだことのないひとは「?」がぽわんと浮かぶだろう。”あの〜、アキラって出てこないんですか?”と。

 説明するのが大変なので、気になった人は読んでみてください。面白いことは僕の15年が保証済みだ。

 そういえば「無人島に…」で真っ先に挙げたこち亀両さんも少年のままおっさんにまでなってしまった代表格のような人物だ。

 

2015.8.16記

傘がない

f:id:hynm_yokoyama:20161009101824g:plain

 なんとはなし付けっ放しにしていたテレビでは、芸能人が地方に赴き、とりあえず市中をぶらぶらし、いやー下町、城下町って感じでいいですね、江戸つーか、時代を感じるっていうか、やっぱり日本は瓦屋根じゃないとダメだよね本来、などと街並みについて感想を述べてみたり、おもむるに目に付いた飯屋の魚と筆書されたような暖簾を潜り席についたのち、店内ぐるり見回し検分、とりあえず壁にぶら下げてある天狗の面を発見、店主に、鼻長いっすね〜、紅いし、つーかリアルだわー、これ、雰囲気あるな〜、本物って感じで、つーか本物の天狗ってどゆこと、などと感嘆し、ついで、すごいものなんですか? などと由来を尋ねてみたりしつつ本題に移行、何が美味いんですか? とか、何年くらいやってるんですか、みたいな事をトントン問うてみた果て、其々所望の料理を注文し食す、みたいな番組がやっていて、その店は海鮮を主としたどんぶりが得意、運ばれてきたそれはいくらやマグロ、雲丹、貝類などの種々様々のぴちぴち、海の幸、恵みがどんどんに載った海鮮丼であり、また加賀、金沢というお国柄、お好み焼きの青海苔の如く金粉が煌めき塗してあったりもし、それらを一口くちにするや驚嘆の声を発したり、おほおほ言うてみたりしつつ、美味さをリポートしていて、非常に羨ましかった。

 で俺も、飯でも食べようか、と思ったが先程から雨が降ってあり、家から出て行けぬ、のは傘が置いてないからで、仕様がない、が、腹は減っている、じゃ自分で拵えたらいいんじゃない、と考える人があるが、冷蔵庫のメイン棚には酒屋が試供品としてくれた菊正宗の180mlパック、野球帽を斜に被った少年の顔面のイラストが描いてある胡瓜の漬物パックが、15cmほどの距離を置いてぽつねんとそれぞれが佇んでいるばかり、その他はなく、扉裏の飲料、調味類を収納する棚には濃縮そばつゆ、チューブ生姜のみ、家中に米はない。それじゃ出前でも頼んだらどうか、と言う人がいる、今日は火曜日であるので、近所にある唯一の蕎麦屋は休暇していて、店員などはそれぞれ家族と団欒したり、パチンコに行ってみたり、二日酔で悶絶していたりしているはずで、蕎麦を茹でる事不可能である。

 がしかし、ピッザがあるではないかという事を思い出した俺は早速ボンジョルノ、新聞に挟まっていたメニューチラシを引っ張り出して眺めたのち、ここはやはり例によってシーフードのガンガンに載せてあるMサイズを注文することに決め携帯電話を片手、サイフを握りしめて絶望した。というのは昨晩の騒乱的酒宴によって失財、サイフには数枚の十円玉と何故かは知れぬ大量の一円玉が嵩んで膨らんでいるばかりであったからである。

 台風が近づいていた。

 俺は菊正宗180mlパックを呑みながら、トタン屋根を打ち付ける、ひどくなるばかりの雨音を聞き続けた。テレビではさきの芸能人が今度は土産物屋に乗り込み、かぶら寿し、購入していた。傘がない。

オン・ザ・ドーロ。

f:id:hynm_yokoyama:20160921131435j:plain

 僕はまたベラベラに酔ってしまう。

 そして梅雨も終わりかけのある夜、ゆっくり地面に倒れ込んでいった。

 繁華街を歩いていると、路上で寝ている人を見かけることがある。ダンボールにくるまれたレゲエのおじさんではなく、酔いつぶれてしまった人たちである。入学シーズンや、年末になると結構いるものだ。カバンを抱きかかえたり枕のようにしてみたり、それがまたとても気持ちよさそうなのである。そこそこ酒がのめ、酔い潰れるということが少なかった僕は若い頃そんなひとたちを少し軽蔑し白い眼でみていたように思う。

 だけど、いつごろからだったかはわからないが、おそらく自分も酔い潰れることが多くなって、寝てしまうとまではいかないまでも、電柱に寄りかかって暫く休んでみたり、路上に吐いたり、家に帰るの面倒だな、と思ってみたりとすることもあり、それは徐々に共感と同情の入り混じった不思議な感覚となって意識の深いところに静かに沈殿し堆積していたのかもしれない。酒の量と比例して増えていったそれらの行動と感情、膨らんだある種の仲間意識が加わった結果、いよいよ自己肯定的感情が生まれ、そこに行き着いたのだろう、とうとう憧れの眼差しへと変わったのである。

 また、おそらく僕はそこに「誰にどうみられてもいいではないか、眠いから寝るのだ、何が悪い!」と勝手に声高なそんな堂々としたマッチョな主張を想像し、いそいそと家へと帰る小心者の自分とを比べていたりもしたのだ。もしかしたら中島らも高田渡の酔いどれ伝説を耳にしてからかもしれない。あるいはかの有名なオン・ザ・ロードのディーン・モリアーティ(ニール・キャサディ)やサル・パラダイス(ジャック・ケルアック)のような放浪天使、根無し草の破天荒、世間から遠く離れたそんな暴力的なほどの奔放さに憧れていただけなのかもしれない。いつしか路上で眠ることは僕の中でむくむくと膨れ上がって物語的に形作られた自由の象徴となっていた。

 でも最近わかってきたのだけど、もちろんそんな自由の主張や高尚な考えなど何ひとつなく、単純にどうしようもなくアルコールがまわりまくっているだけなのだ。僕だって当然わかっている。

 

 僕が本格的に(?)酒を呑むようになったのは、20代の半ばの頃だった。打ち合わせで行った下北沢で、話が終わったあと、ついでだからと夏の陽が傾き始めた街を撮影してまわった。初めて撮影する街だった。

 スズナリの前の道路で、配達を急いでいたのだろうバイクがそのカーブを曲がる遠心力で、積荷のビールをふり落とした。その場に居合わせた僕は灼けるアスファルトに広がるビールの泡と飛散してきらきら光る瓶のガラスの欠片をしっかりフィルムに収めてから、片付けの手伝いをした。鼻腔にビールの香りが広がり、しばらく漂い残った。

 それから街を一回りし、またスズナリの前に戻ってきたとき、扉が開けられたままのバーから、顔を出した男がカメラを持つ僕にふいに声をかけてきた。

「写真撮ってくれよ」

僕はなんだか生意気なやつだなとは思ったが、撮ってやった。

「撮ったぞ」と立ち去ろうとする僕にそいつは「一杯のんでけよ」といった。僕はそのとき、財布や携帯などの邪魔な荷物をすべてバイクに放り込んでいて、まったくお金をもっていなかったから「おごりなら付き合うよ」と答えた。

「もちろんだ」とそいつはいった。

 そのようにして僕は呑み始め、結局そのままずるずるとふたりして何軒もはしご酒、へべれけ朝方家へと帰ったのである。

 翌週からは二日と間を空けずにそいつと下北沢で呑むようになった。当然のように朝までであった。ふたりともなにも食べずに酒だけを流し込んでいくタイプであった。映画、小説、写真、音楽、政治、女などについてその時々、思いつくまま、悪態つきつき語り合った。それがつまみのようなものだった。本当に若い頃というのは、そうやって酒が呑めるものだ。振り返ってみれば皆、恥ずかしさとともにそれぞれ覚えがあるだろう。

 時々、いつも決まって最後に寄るバーで皿うどんを食べた。それだけがいわば例外だった。

 長崎出身のおばちゃんが切り盛りしているそのバーは朝までやっていて、薄汚れた酔いどれどもの最後のとまり木、ひっそりとした静かでほっとする店だった。となりでソースをかけて食べている彼もまた長崎の生まれだった。僕は皿うどんのうまさも、ソースをかけることもその店で覚えた。

 僕らは若かったせいもあってとにかくアホみたいにそれが当然とでもいわんばかりに無茶苦茶な呑み方をしていた。となりの客にからむなんて当たり前、女とみれば手当たり次第に声をかけ、なぜかは覚えていないがほとんど全裸で呑んでいたこともあるし、雨のなかでどつきあいの喧嘩もした。消防署のシャッターに立ち小便をしながら消化活動だ、と喚き、ガンガン叩き騒いで怒られ逃げたり、なにが面白かったのか工事現場にある赤い三角パイロンをさらってきて椅子に座らせていたこともあった。

 いまになって思うと、その頃は酒が好きとかではなく、ただただその呑む格好、どこかで見聞きしたものが合わさって作り上げられた架空ののんだくれのダークヒーロー、スタイルを創り出し、その背中を二人して競うように追い続けていたといっていいのかもしれない。

 なんだかどうしようもない三文小説のようになってしまった。この頃の話は書き出すと長くなるのでこの辺にしておく(そいつは一冊だけ映画のノベライズを出版したことのある小説家、作家くずれみたいなやつで、その当時の僕らのことを短編として書いて誌面に発表した)。

 僕はとにかくそのようにして、酔っ払い呑むことを覚えたのだ。それでもどんなに酔おうが、何時頃にどうやっては覚えていなくても、いつもちゃんと家には帰っていた。

 

 つい先日のことだ。

 馴染みのバーを出て歩き出し、きっと近道だと考えてのことだろう、大きな通りから外れ、住宅街のなかを斜めに突っ切っていった。思いのほか酔いのまわっていたらしい僕はコインパーキングでいよいよへたり込み、ぱらぱらと降る雨粒が冷たくて気持ちがいいなと感じて寝転がり、意識を失っていくのをはっきりと認識しながらそのままゆっくり意識を失っていった。それは手に掴んだ細かな砂が指の間をさらさらと流れ落ちていくような感じで心地よい喪失感を伴うものだった。

 どれくらいの時間そのままでいたのかはわからないけど、気づいたときは、雨がかなり降っていて僕はびしょぬれになっていた。とにかくひどく寒く感じられた。帰ろう、とそれだけが強く思われた。

 

 果たして僕はそのようにして突然ストリートデビュー、あっけなく中途半端にひと知れず憧れの路上でねむるひとになった。おそらく観客はいないはずだ。その点においては少し寂しい気もする。繁華街なんかではなく、住宅街の駐車場で真夜中にひとが倒れていたらさすがに声をかけるか、警察に連絡くらいはするだろう。幾ら人と人の繋がりが希薄といわれる東京でもそれくらいのやさしさはあるはずだ。何より事件にでもなったら寝覚めが悪い。

 さて経験してしまえばなんのことはない、二度とごめんだ。もし天気のいい晴れた日で、ネオンまたたくオーディエンスの多い繁華街でなら、機会あればまたひっくり返ってみようか、と考えてもみるが、その発想の時点でなんだか違うし、つまるところ僕は本物のそれにはなれないのだ。憧れは憧れのままのほうがいいし、それはきっと永遠に手のとどかない高嶺の花にしておいたほうがいいのだ。

 

 僕はその日、友人に不意に誘われ、なんとなれば「勝手にしやがれ」というものすごく格好いい名前のバンドのライブにいった帰りだった。ライブが行われたのは下北沢であった。

 

2015.7.29記

ワオンの咆哮。

f:id:hynm_yokoyama:20160911092512j:plain

 最近、僕はしょっちゅうワオンッいわしている。
 といっても犬と暮らし始めて三ヶ月が経ち、芸は身を助けると昔から謂うし、僕の稼ぎだって文鳥の雄叫びくらいのものだし、はっきり言って豪華豪勢の食事は与えられぬ、ましてやフリーランスであるから尚のこと、週5日、もやしと竹輪、という事も考えられ、それら諸事情を鑑み、幾らかそういうの出来た方がいいんじゃない、みたいな感じの親心的ノリで、芸能を仕込んである最中、しかしなかなか上達せぬのは仕方がないとしても、上手に芸が成功した場合に食べてよいというルールの、かりかりになったお菓子を、事を成さぬのに、首をちょっと傾げた感じのかーいらしい貌でせがんで来、かーいらしいのだから仕方ないので、こちらもついついお菓子をあげてしまう己の弱さを認めるわけにはいかず、半ば八当たり気味、芸能はそっちのけでお菓子にばかり執着していてはあかぬ、と軽く小突いた、というのではなく、電子マネーWAONを使い始めたからである。

 さてこのWAONというのは、財布を出しての現金のやりとりの煩雑を省略できる非常に優れて便利なカードである上、勝手にポイントが貯まり、またその支払完了時に出るワオンッというサウンドがはっきりいっていい、好き、なんかこう、渋谷駅に主人を迎えにきて待っていたハチ、人波から現れた飼主である教授、互いを感知、じゃ帰ろうか、ワオンッ、みたいな軽快さ、ツーカー感があり、酒や干物を銭を払って買うているだけなのに非常に小気味いいのである。
 しかし考えてみるとこれは犬好きには頗る良いものの、人生において犬によい印象を抱いておらぬ人もいるわけで、例えば、幼少の頃、頭を撫でようとしたら、噛み付かれそうになったので逃げたら、猛烈においかけられ転んだとか、初めて行った恋人の実家のチワワに普通にシカトされた、哀しい、みたいな経験、想い出があった場合、何がワオンだよ、嫌な事思い出しちゃったじゃんか、呆け、ボラー、みたいな負の感情が勃興、著しく気分を害する可能性があり、実際このサウンドの音量は結構大きく高いキーなのだ、僕が支払いで使用した場合、三人くらい背後まで、ワオンッが炸裂するわけで、仮にその中に昨晩の痛飲で宿酔い、おまけに額には記憶にないたんこぶがあり、そこにカーテンから差し込んできた残暑の太陽光が照ってきて熱痛くてかなわん、みたいな寝起きで気分がボラボラしている犬嫌いのかつ粗暴が炸裂した感じの生き方している人があった場合、殴られるかもしれず、いっぱい人がある時には使用するのを控えよう、などと言う事を人々は考えたりしないのだろうか、と冷やしトロロ蕎麦を片手に宿酔い、レジに並んでいる俺は人々がワオンッを炸裂させる中、そう思った。

耳をすませば、目黒のさんま

f:id:hynm_yokoyama:20160905190814j:plain

 ミートソーススパゲッティが食べたくなって食べた。

 食事も終盤に入りあとフォークに3巻きくらいだな、という頃に登場したかすかな違和感があった。僕はスパゲッティをすっかり巻き切って綺麗になった皿を眺めて思った。

 あ、これじゃなかった。ミートソースじゃなかった、と。かすかな違和感とはこれだったのである。

 僕が食べたかったのはナポリタンだった。正確にいえば僕はミートソーススパゲッティが食べたいと心で思ったけど、実は身体が要求していたのはナポリタンであり、若干のずれが生じたわけである。

 食べることは本来とてもプリミティブなことだ。あれこれ考える必要はない。体は正直だ。基本的には生きていくのに必要なものは身体が教えてくれる。ただ耳をすましてその声を聞いて素直に従えばいいだけなのである。

 野菜が食べたいと感じればトマトやレタスを齧ればいいし、肉が食べたいと思えばステーキを、魚が食べたいと思えばさんまでも焼けばいい。それが身体が必要としている栄養なのだ。

 手術の後で体力が無くなっているとする。よし、これから回復するぞって時に、ゴリゴリのスナック菓子、例えばカールのチーズ味を要求することはないのだ。病み上がりの肉体にカールおじさんの出番はない。もし仮にお菓子ばっかり身体が要求するんです、という人があったら一度テレビやインターネットなんかの過剰な情報源を絶ってみたほうがいい。自分の身体の内なる声を聞くには、環境がやかまし過ぎるか、詐術的に消費を刺戟する情報で耳がふん詰まりになっているかのどちらかである。

 さて、僕は数あるスナック菓子のなかでカールチーズ味が一番好きである。

 絶妙なカール具合(曲がり)はもちろん開発者の努力の賜物だ。あの形状によって抜群の食感を生み出すことに成功している。それからメインキャラクターのカールおじさん。カールにいさんだったり、カールおばさんだったりしたら、やっぱり違う。カールおじさんであっても、角刈りでスーツなんか着込み小脇にセカンドバッグだったら、いくらあの愛嬌のある顔であのテーマソングを口ずさんでいても、もう”カールさん"みたいになって親近感がなくなって気軽に食べれない。"おばあちゃんのぽたぽた焼き”だってあれがおじいちゃんだったら、何がぽたぽたしてるかわからないし、あの不二家の傑作カントリーマアムにしたってカントリーダディになると、しっとりやわらかっていう感じが削がれて、焦げてカッチカチになってしまう。

 駄菓子王のうまい棒を忘れていた。タヌキだか猫だかに似たドラえもんコロ助を足して割ったような風貌のキャラクターとそのネーミングがやっぱり絶妙なのである。あれが、うまい”某"だったりしたら、何が原料なのかわからない恐怖感で誰も手に取らない、子供には絶対食べさせない。うまい”棒”でも実際ちょっとわからないところをあのスチャラカキャラクターが全力でフォローしている。めんたい味と迷うが僕はこの菓子でもチーズ味をやっぱり買ってしまう。ただ棒状になっているだけで、はっきりいって味はほとんどカールである。(そういう意味では2020年東京オリンピックのエンブレム問題なんかの比ではないと僕個人は思っている)

 僕はきっと、あのチーズじゃないけどものすごくチーズ感のある駄チーズ味にやられてしまっているのだ。

 

 本筋に戻る。ミートソーススパゲッティとナポリタンは親戚みたいなものだし、今回はボタンの掛け違いをするみたいに少しずれただけのようである。

 ただ、これがナポリタンではなくカツ丼だったわ、なんてことになったら一大事である。いよいよ焼きが回ったということで、ボタンの掛け違いどころではなくて、フリフリのスカートを頭に被ってしまうくらいにもうずれまくっていることになるから考えなくてはならない。カールおじさんうんぬん言ってる場合ではない。

 これ以外にも”ずれ”というのは結構ある。新聞を読みながら珈琲に手を伸ばすと、手の甲の部分が当たり、あちゃっとなり湯飲みをコトンとやってテーブルの上は珈琲浸しになってしまう。思ったよりも足が回らずに扉の角に小指どころか足首全体をぶつけて悶絶し、返す刀で頭を壁にぶつけてみたりする。こういうのはしょっちゅうだ。自分の思っている手足の位置感覚や動きと実際の距離感がマッチングしていないのである。

 一時期テレビニュースで中国の子供がぴったり壁と壁の間に挟まって抜け出せなくなっていたり、土管に巻き寿司の具みたいに詰まっていたりして、キッズはあほだな、自分のサイズ感がまるでつかめておらん、などと小バカにしていたのだが、考えてみれば僕も同類なのだった。そのうち僕もカメラを持って夢中になって、路地へ路地へと進むうちにそこらの街の壁の狭間で身動きが取れなくなって、道行くギャルに助けを求めていたりするかもしれない。

 

 今年も目黒に秋刀魚がやってくる。さんま祭りである。古典落語の『目黒のさんま』に因んでというのが始まりだ。落語は知らなくても、さんま祭りは知っているなんて人もあるかもしれない。それくらい目黒界隈の人々にとって馴染みの秋の風物詩になっている。

 毎年、暇が合えば会場にいってみる。食べたことは一度もない。僕はせっかちな性分だから、並んで行列を作るなんて事が出来ない。とにかくものすごい人なのである。スーパーで買っても300円、400円くらいのものだ。あれだけの人が行列を作るのだから、頑張って並んで待ちに待って食べるさんまはやっぱり格別なんだろうと想像でき、少し羨ましい。

 会場では20メートルくらいの細長い列を何本か作って、ブロックで囲んだ焼き場に炭を入れ、金網を敷いてその上にさんまが一列に並べられる。そこに焼く係の人と食べるのを待つ人がさんまを挟んで対面する格好で座る。さんまがなければ集団お見合いのようである。

 そこらじゅうでジュウジュウパチパチやっている。食べるのを待ちきれないのか、焼く係りの人の顔とさんまを交互に見やったりしている人もいる。時々、さんまから落ちた油に火がついて直火になるのを防ぐため、炭に水をピューっとかける。すると炭とさんまの香ばしい匂いを巻き込んで水蒸気が勢いよく舞上がる。それをそばで眺めているだけで体はもちろん心まで全身スモークされてしまう。

 そうなるともう我慢ができない。人間がそうなのだから、そこらにウロウロしている猫なんかはきっとたまらないだろう。サザエさんの家どころか魚屋に命がけで飛び込みたい衝動に駆られているはずだ。

 そんなことをしなくてもよい僕らはそそくさと会場を後にして何処ぞの定食屋に入って昼からビールをやり、大根おろしとのタッグは最強だな、と言ってみたり、ポン酢をかけるやつがいたら、醤油だろボケ、なんて話をしながらさんまをつつくのである。そういうさんまもやっぱり美味しい。

 猫諸君、ついてきたらお頭と少し身をつけた骨くらいはくれてやるぜ。秋刀魚は目黒に限る。

 

2015.9.19記

フォーマルに立ち喰うそば

f:id:hynm_yokoyama:20160830100138j:plain

 

僕は蕎麦が好きである。昼飯のほとんどが蕎麦である。そして立ち食い蕎麦が好きなのである。

 脳みそから小指の爪に至るまで人間の体は食べたもので出来ているのだから、僕の半分は蕎麦でつくられていることになる。半分が優しさで出来ているバファリンみたいだ。だから僕の考えることの半分は蕎麦から生まれるといってもいい。そんな風に考えてみると、いやはや人間というのは案外いい加減にできているな、などと思ってしまう。こんなことを思う心もまた半分は蕎麦製なのだ。

 

 家の近所の幹線道路沿いに立ち食い蕎麦屋がある。チェーン店ではなく、個人経営のそれである。扉などのない、暖簾の掛かっただけの正統派の店構えで、カウンターの見えるいわゆるオープンな状態である。オープンカフェスタイルである。実際は古い一軒家の一面をブチ抜きしているだけだ。今時期だと暑さしのぎに葦のすだれなどがかかっていて、風流とさえ言える。幹線道路とお店との間には緩衝地帯というような隙間があり、ちょうど中洲のようになった場所に植え込みがあったりもし、そこへベンチなどが出してあり、草木を眺めながら食べることも可能だ。足元にはちっちゃいのから大きいのまでいく種類かの鳥がとことこ歩き回っている。小さいのはすずめ、大きいのは鳩である。時々蕎麦の切れっ端などを放ってやると、嬉しそうについばんでいる。

 値段は極めて良心的で、かけで270円、てんぷら各種が大体80円、生たまご50円。大盛りは50円増し。蕎麦の上にかきあげを乗っけて、たまごを放り込んでも400円で済む。いまでこそこんな贅沢な具合で食べているが、学生の頃にはできない食べ方だった。

 学生というのはとにかくお金がない。金のある学生など学生ではない。当然“かけ”しか頼めない。ただ、東京では滅多に見かけないが大阪の蕎麦屋などは必ずといっていいほどテーブル台の上に七味唐辛子や割り箸とならんで天かすが置いてあり、いくら入れても(常識の範囲で)いいのである。

 天かすの置いてない店にはいかない。少し歩いてでも他の店にいく。腹を空かした学生にはそれぐらい重要なのである。僕らは数人で蕎麦屋に押しかけ、揃ってそばかうどんのかけを注文すると、店主のおやじの視線を気にしながらも奪い合うようにして天かすを山盛り蕎麦の上にふりかけるのであった。太っ腹な店ではさらに刻みネギもおいてある。そんな店だと天かすとネギの中にそばが埋まってしまい、主役が脇役になったような状態が出来上がるのである。店主のおやじも決していい顔はしなかったが、特に注意することもせず僕らのするがまま、天かす山盛り食べさせてくれた。学生の懐事情と腹の虫をよくよくわかってくれているのである。ありがたいことである。

 最近でも天かすがテーブルの上においてあったりなんかすると懐かしさがこみ上げ、なんだか無性に嬉しくなってドバッとやって「すごい食べ方ですね」と呆れられてしまう。

 

 さて、てんぷら定食なんかではさくっと揚がったところをさくさく食べるのが当然美味しいが、あったかいてんぷら蕎麦となると具合が違ってくる。これはもうまったくの逆なのである。とにかくまず蕎麦の上にのっかっているそれをつゆに目一杯沈み込ませるのである。その上でまだ手をつけず、まず蕎麦の方から啜る。合間に刻みネギなどをしゃりしゃりしてみたりもする。しばらくするとつゆにてんぷらの油が染み出してきて頃合いになったところで初めててんぷらに手をつけるのである。膨らんだ衣はもろもろとお麩のようになっており、これでもか、というくらいにおつゆを吸うていてめちゃくちゃにジューシーになっていてうまい。これを蕎麦と一緒に啜りあげるのである。これが最も正当でうまい食べ方であると僕は思っている。

 しかしこれは立ち食い蕎麦というある種の解放区ならではの食べ方で、普通の蕎麦屋でやるにはちょっと勇気がいる。一流ホテルの最上階のバーカウンターで、ウーロンハイ濃いめをジョッキで注文するくらい根性がいる。世辞にも綺麗な食べ方とはいえないだけに、女の子などはなおやりづらいかもしれない。だが見てみたいものだ。もしも身綺麗な女の子がてんぷらをずぶずぶにして食べていたら、そのギャップで僕はきっと一発でメロメロになってしまうだろう。店のおやじに「あちらのお客様から」などと言わせたりして、てんぷらをもう一枚ご馳走してしまうかもしれない。

 

 名エッセイストの東海林さだおさんは、このもろもろてんぷら蕎麦を始め、食べ方、立ち居振る舞い、服装に至るまで、例えばジャンパーの類が似合うとか、片方の手はポケットに入れる方が小粋だとか、背中に哀愁が漂うようになれば一人前だとか、絵の解説付きの「立ち食いそばの正しい食べ方」を書いておられる。僕はその全てにいちいち納得してしまい、よし今度は靴底でも見せてみるかなどと考えているのである。

 日本食は世界的大ブームとなり、海外からの観光客も増えた。寿司や懐石にとどまらず、近頃ではラーメンやそば、牛丼などの大衆飯にも注目が集まっている。牛丼を食べていたら両隣に外国人などということももはや珍しくない。「立ち食いそばの正しい食べ方」なんて本を目にしたら、外国の人たちはどうおもうのだろうか。やはり一緒になってその大きな背中に哀愁を漂わせ、片手をポケットに突っ込み、靴底をみせながら、もろもろの天ぷら蕎麦をすするのだろうか。立ち食い蕎麦素人の日本人がみたらギョっとするかもしれない、などとその様子を思い浮かべるとなお愉しい。

 翻って僕は正しいハンバーガーの食べ方やホットドッグのそれがあるのかどうか、ニューヨーカーなどに聞いてみたいものである。なんとなれば僕は必死に習得して、いつかニューヨークの街中でやってみたい。それはきっとモテモテでギョっとさせるはずだ。

未来の常識

f:id:hynm_yokoyama:20160824075152j:plain

 

道端にストローハットが転がっていた。てっぺんのところが破れてぽっかり穴が開いている。穴が空いたから捨てたのだろうか。いや、そんなになるまでには相当時間がかかるはずだ。とすれば長年愛用していたにちがいない。年月から推理すると持ち主は老紳士ということになるから、ぞんざいに扱われることはあるまい。夏の熱にやられて老紳士が倒れる、少し離れたところへ帽子が落ちて転がっていく。誰かの呼んだ救急車に乗せられていく老紳士。存在を奪われた影だけが取り残されてしまったようだ……。なんてドラマチックなことがあったのかもしれない。

 でも確率が高いのはどこかの酔漢が気持ち良く歩いているうちに落として風で飛ばされて、コロコロ転がっているうちに破れたものか。或いは車にでも轢かれてしまったか、そんなところだろう。

 

 ここ数年ハットが流行している。アメリカ映画の中のマフィアやギャングでおなじみのあれである。老若男女、猫も杓子も中折れ帽である。

 今の時期なら中はチヂミのシャツとステテコ、その上に浴衣をきて、帯なんかはズルンズルンの低めにして頭にストローハットをちょこんと被り、りっぱな口髭でも蓄え、くわえタバコでもし、かたわらには柴犬でも連れている姿は僕の憧れである。すごく暑い日には、もうチヂミのシャツとステテコだけで、時折帽子を団扇代わりにしてパタパタやるのも格好いい。そんな風にして屋台の焼き鳥屋で一杯やりたいものである。よく考えてみればその姿はもはやどちらかといえば売る側、テキヤのおっちゃんである。

 そういえば僕の好きなキース・リチャーズトム・ウェイツも常にハットをかぶっているイメージがある。

「人間なんて一皮むけばみんな一緒さ、ガイコツなんだ」

なんて草臥れたハットを斜に被り、キースみたいにそんなセリフでも吐いてみたいが、僕の気分は明治、だんぜん夏目漱石なのである。ただ、漱石といっても帽子姿を写真なんかで見た事はないからきっと漫画や挿絵の類か映画の役者、仲代達也や笠智衆の姿が重なり合ってできた僕のなかのイメージだと思う。

 明治といえば文明開化である。生活の中に一気に外国文化が流入してくるあの時代が食にしても服装にしてもとても面白い。レンガ造の洋館ができたり、電車が走ったり、牛肉やシチューを食わせる洋食屋ができたり、ビールが登場し、ビアホールなんかが出来たりし、スーツやドレスを着てみたり、ネクタイで首を締めてみたり、散切り頭にして袴羽織もいれば洋服もいる。とにかく風景から風俗、生活様式などあらゆるところで和洋折衷花盛り。江戸風情を残した町並みや人々、それからひと昔前の制度や慣習、身分制度はなくなったけど世俗的規律も残っていた時代の境である。みんなそれぞれ苦労もあったろうが、目新しいものがどんどん入ってきて、街中わくわくしたろうと思う。中折れ帽はこの頃から紳士の嗜みとして自然に取り入れられ、定番となり始めたのではなかろうか。

 ドラマや映画なんかを見ていても昭和初期頃まではスーツ姿のサラリーマンは皆かぶっている。スリーピースに中折れ帽だ。だけど、いまでは通勤する群衆の中にスーツ姿に中折れ帽でビシっと決めたサラリーマンなんてのはほとんどみかけることがない。いたらきっと衆目を集めてしまう。「きゃっ、電車にアル・カポネが乗っています」なんてツイッターでつぶやかれてしまったり、定期入れを出そうと胸ポケットに手でも入れようものなら、ピストルが握られているんじゃないかと、周りにスリルとドキドキを振りまいてしまう。

 

 少し前に友人と呑みながらこんなことを話していたのを思い出した。髪型の話である。

 ほんの150年ほど前の事、江戸時代はちょんまげが正式な髪型だったわけだろ。要はさ、つるつるに剃りあげたてっぺんにきゅうりを乗っけて生活していたんだぜ。しかもそれがフォーマルなんだから、とんだオリエンタリズムだ。それはアニメやきゃりーぱみゅぱみゅにみるような現代の日本特有のKAWAII文化が創り上げた独自性と同じくらい外国からみたら衝撃的だったはずだ。まあヨーロッパなんかでも美的感覚が逆方向なだけで同じようなもんか。盛りに盛ったパーマ、くるんくるん巻いたチョココロネヘアーである。バッハやモーツァルトの肖像がそれだ。でもやっぱりちょんまげはパンチというか破壊力が一桁違っている。キューカンバー・オン・ザ・ヘッド。恐怖の国ジパングだぜ。

 結局、そんな社会通俗とか常識なんてもんはわからんぜ、時代や国、地域によっててんでばらばらだ。一貫した基準というものが存在しない。とすれば、そのうちモヒカンやカミナリ剃り込みが営業職のサラリーマンの定番になる日が来るかもしれない。一時期はみんな短髪のツンツンヘアーだったが、いまは若いサラリーマンでもツーブロックの七三分けなのである。このツーブロックの下の部分の刈り込みが上へ上へと領地を拡大していくといずれモヒカンになるわけだ。道筋はついている。つまりもう兆候はあるわけなのである。

 もしそうなったらですよ、普通の短髪なんかで出勤しようものなら、部長や上司にちょっと君なんかいわれて呼び出され、強制するものではないけど、君のそのヘアースタイルは営業職をやる上ではマイナスだよ、せめて眉くらい毎日剃ってきなさい、とかいわれるのだ。当然、就職面接ではずらっと並んだリクルートスーツの上には型で押したようにモヒカンがずらり。政治家なんかは揃って毎日手入れをした綺麗なカミナリ剃り込みなんてことになるのである。

 国会中継なんかでも、画面いっぱい中年男性のカミナリ剃り込みで埋め尽くされる。女性議員も負けてはいない。金髪の刈り上げ頭に真っ赤な口紅を塗ってマイリーサイラス風みたいなのか、一転昔のX JAPANよろしくロングへアーをすべて逆立て、スプレーでパリパリに固める。会見などではもちろんテレビ画面に収まりきらない。頭をさげるたびに、前に並んだ報道各局のマイクをなぎ倒す。若手議員はまだ髪が元気バリバリだから当然モヒカンだ。ということは、アンチである不良少年たちは反転、こぞって爽やかなスポーツ刈りやセンター分けにして学校へ繰り出すのである。全校集会で壇上に立つ校長先生はそんなスポーツ刈りの生徒を尻目に、電撃ネットーワークのリーダー南部さんみたいに両サイドに残った髪をハードジェルでとげとげにした頭で、夏休みだからといってはめをはずしすぎないように、と訓示を垂れていたりするのである。

 今日の常識は明日の非常識なのである。

 

2015.09.01記